01.竜の子
初投稿です。見にくい点、わかりにくい表現は少しずつ直していきたいと思います。
竜の子がいる。
ロングフォード国中に噂が広まっていた。
何かの前兆だと怖れる人間もいれば、
国を守る竜が現れたと喜ぶ人間もいた。
現れた目的は明らかになっていない。
竜の子が現れてから1ヶ月、沈黙を守り続けているのだ。
「兄様、見て!お花がたくさん」
エシャロンはその声に優しく笑う。
まだ早朝だが、暖かい光が降り注いでいた。
暑い季節に差し掛かり、風はまだ冷たいが太陽の光は強く輝いている。
三つ編みされた長めの黄色い髪を、風が優しく揺らしていく。
空を見上げて、太陽の眩しさに深い緑色の目を細めた。
「アイシアス、あまりはしゃぐな」
ロングフォード城から一番近い街道沿いには、様々な花が植えられていた。
7歳下の妹は、肩まで伸ばした黄色の髪を揺らして、ニコニコと花壇の周りを見て回る。
体が弱く、寝ていることの多いアイシアスは、普通の子供より小さく、華奢な体つきをしている。
常に窓の外の世界に憧れていた妹を、今日は父親には内緒で森へ連れ出していた。
ほんの少しだけという名目で。
これが初めてではないが、怪我でもされたら怒られるどころではない。
殺されるかもしれない。
厳格な父親の顔を思い出し、困った顔で目を瞑ると、良い匂いが広がった。
「はい、エシャロン兄様」
アイシアスが、小さな花をエシャロンの目の前に差し出す。
彼はそのまっすぐな瞳に礼を言い、手を伸ばして気がついた。
花を受け取ったときの感触。
あまりにも細く、小さな手。
その手を握り、エシャロンは気持ちを隠すよう優しく笑った。
「帰ろうか」
このまま外にいては、アイシアスが壊れてしまうのではないかという錯覚。
すぐにでも崩れてしまいそうな細さ。
彼女の体は、あまりにも痩せ細っていた。
エシャロンの言葉に、アイシアスは瞳を逸らすことなく間をおいた。
「ねぇ兄様、竜の子に会った?」
唐突な言葉に、エシャロンは彼女の意図を探るように瞳を覗き込む。
「ロングフォードにいるって聞いたわ。私、会いたいの。竜ってすごいんでしょ?私の体も治してくれるんじゃないかって思うの」
「うーん…」
アイシアスの言葉に、エシャロンは考え込む。
竜の子供を知っていた。
本物かどうかはわからないが、アイツが病気を治せるとは思えない。
「そんでね、兄様みたいに私もロングフォード国を守るんだ!馬で遠くにも行きたいな。あとね…」
楽しそうに話すアイシアスを見ながら、エシャロンは優しく笑顔を浮かべるしかなかった。
彼女の命は、1年もたないと宣告されている。
「エシャロン!おはよー」
警備団の公舎にへ戻ると、同期のラックが声をかけてきた。
短い黄色の髪が、色々な方向に向かっている。その頬には特徴的な傷跡が残っていた。
「おはよう、ラック」
急ぎ足で近づいてくるラックに、エシャロンは不思議そうな顔を向けた。
ラックは子供のような笑顔を曇らせて、目の前で立ち止まる。
「竜の子が探してたぞ」
不安そうに小声になるラックへ、エシャロンは曖昧な笑顔を浮かべた。
「ルネサスだろ?名前で呼んでやれよ」
「だって、怖いもん」
子供のように口を尖らせるラックに、エシャロンは困った顔でため息をついた。
ルネサスは、噂になっている竜の子だった。
1ヶ月前に警備団へ入隊したが、入隊テストの相手は今も病院で療養中だ。
その戦いを見ていた人間は、ルネサスの力を恐れている。
エシャロン以外、全員。
「お前、一緒にいて大丈夫なのか?」
何度されたかわからない質問に、エシャロンは笑顔で返した。
「アイツ、どこにいた?」
大丈夫の意味なんてわからない。
特殊な力で危害を加えるつもりなら、同じ警備団に入るはずがないのに。
周りの敏感すぎる態度に、エシャロンは内心呆れていた。
「中庭にいたよ。じゃ、今日は見張り番なんだ」
ラックは忙しそうに、また早足で去っていった。
その後ろ姿が見えなくなるのを待ってから、近くの柱の影を覗き込む。
「来てると思ったよ」
柱の後ろには、水色の髪を短く切った男の子が隠れていた。
赤く大きな瞳を細め、笑顔のエシャロンを睨みつけている。
頭に布を巻きつけていて、服装もロングフォードの人間とは全く違っていた。
堂々と自分を睨みつけている目の前の子どもが、妹と同じ10歳だとは、いつ見ても信じられない。
エシャロンはため息をついた。
「人に聞いてまで僕を探すなんて、どうした?」
ルネサスは普段から警備団の人間を避けていた。
自分以外と会話をするなど普通ではない。
「今日、武器点検の係だそうだ。どうすれば良い?」
エシャロンは一瞬驚いた顔をしてから笑って、武器が保管されている塔にルネサスを案内した。
公舎から少し離れた塔の中には、大きな戦いが始まったとき用に、武器が保管されている。
様々な剣や槍はもちろん、魔力を詰め込んで遠くまで撃ち込む大砲や、石弓など、遠距離用の大型の武器が多くある。
エシャロンは点検表を説明しながら、大型の武器を珍しそうに見ているルネサスを不思議に感じていた。
「ルネサスは、何で警備団へ入ったんだ?」
この国の出身ではなく、人間を相当嫌っている。
理由が全く見当たらないのだ。
「知らん」
エシャロンの方を見ずに、ルネサスは剣と槍の本数を数えながら不機嫌に答えた。
「終わりだな?」
一つため息をついてから部屋を出て行くルネサスを、エシャロンは慌てて追いかけた。
いつもの態度に、質問に対して怒ったかどうかもわからない。
「なあ…」
さらに言葉をかけようとしたとき、公舎の方向から鐘の音が鳴り響いた。魔物が現れた知らせだ。
「急ごう!」
ルネサスはため息をついて、慌てて塔を降りて行くエシャロンの後を追った。
外へ出ると、数人が馬で国境の方向に駆けていくのが見える。
出遅れた焦りに、エシャロンは走りながら横のルネサスを見て、叫ぶように言葉を投げかける。
「竜の子なら、飛んだりしないのか?」
ルネサスはチラリと見て、不機嫌な顔をさらに歪める。
「知らん」
ロングフォード国に来てから、竜の姿に戻れなくなっていた。
小さく、弱い人間の体など、自分だって嫌だ。
この体では力の制御も不安定になり、入隊テストでは力を加減できずに失敗した。
自分でも理由がわからない。ここに来た理由も思い出せない。
だからこそ、この国を出る事ができない。
イライラする。
馬房へ着くと、エシャロンは自分の馬を引いて跨り、ルネサスを軽々と自分の前に乗せた。
「捕まってろよ」
エシャロンは勢いよく馬を走らせながら、背負っている槍の感触を確かめた。
ルネサスは剣を確かめながら、前方を睨んでいる。
何を考えているかわからない横顔に、エシャロンは何も言わず馬を走らせた。
しばらくすると、国境付近に魔物と仲間達の姿が見える。
「数は30くらい。多いな…」
前を睨み続けているルネサスに構わず、エシャロンは馬で魔物の群れを駆け抜ける。
槍が一閃すると、数匹から血のような黒い液体が流れた。
死人型がいる。
厄介だな、とエシャロンは唇を噛んだ。
「エシャロン!」
とにかく次に向かおうと馬首を動かすエシャロンに、ラックが馬を近づけて来た。
「魔術師達が来てる!まとめて焼き払うって…」
言葉の途中でルネサスの視線に気付き、ギクリと顔を強張らせる。
「わかった!」
エシャロンは苦笑いしながら、ラックに手を振って離れた。
ラックは次の仲間に情報を伝えようと、急いで馬の方向を変えて行く。
「見つけた」
「おい!?」
突然ルネサスが馬を飛び降りた。
エシャロンは慌てて馬を止めようとするが、勢いがついている馬は簡単に止まらない。
近くの魔物を剣で薙ぎ払うルネサスの姿を横目に、一度その場所から離れる。
小さな体は、自分よりも大きな敵を軽々と切り倒して飛び越えていく。
エシャロンはその後ろ姿を見逃さないよう、槍で魔物を払いながら追いかけた。
「こら!」
ルネサスは一際大きな魔物の前で立ち止まっていた。
黒い甲冑を纏った魔物は、エシャロンの馬より一回り大きな馬に乗っている。
その目の前から、ルネサスの小さな体を掴み上げて走った。
馬に乗る相手に剣で戦いを挑むのは無謀すぎる。
ルネサスがいた場所に、甲冑の剣が振り下ろされていた。
「何してんだ!バカ!!」
「ば…!?」
ルネサスは再び同じ場所に座らせられ、叫ぶエシャロンの言葉に驚きの声を上げた。
黒い甲冑が追ってくる。
「くっ…!」
軽々と前に回り込まれ、エシャロンは慌てて馬の方向を変えると、ルネサスが相手の剣を受け流した。
その力に馬はよろめき、速度が落ちる。
バランスを崩して倒れたらお終いだ。
エシャロンは必死に、暴れる馬のバランスを取っていた。
「貸せ!」
ルネサスが槍を手に取り相手と睨み合う。
エシャロンは観念したように相手に馬首を向けて走り出し、自分達に向けられる黒い甲冑の力を剣で相殺する。
ルネサスが短く息を吐いた。
その手から放たれた槍は、真っ直ぐに甲冑を貫いた。
勢いで相手の馬も貫く。
なんて力だ。
自分よりも小さな体のルネサスが、圧倒的な力で相手をねじ伏せた。
エシャロンは戦慄を覚えて、馬の速度を緩めてしまう。
「走れ」
辺りの景色が一変した。
赤く赤く染まっていく周辺から、熱気が襲ってくる。
「ヤバイ!炎が来た!!」
エシャロンは叫んで、火に怯える馬をなだめながら走らせた。
「僕たちが見えてないのかよー」
泣きそうな声に構わず、ルネサスは黙って黒い甲冑を睨みつけていた。
炎に包まれていくそれが動く気配はない。
その姿が崩れ落ちるまで、ルネサスは振り向きながらも睨み続けていた。
続きます。
興味を持ってもらえるような終わり方を試行錯誤したいです。