日食のはじまり(後編)
「──ァス! おい、エルファス!!」
誰かに呼ばれている。揺さぶられている。
エルファスは重たい瞼をピクピクさせて、やがて目を開けた。
「エルファス、大丈夫か!?」
マルスの声は心配そうで、自分の身体の傷も毒に犯されていた身体も、何らかの手当がされているようだ。
その証拠に、手を持ち上げても何も震えはない。加えて寒気もなかった。
「あ、ああ。俺は、どうなったんだ?」
「エルファス。お前は三日も眠っていたんだ。あのとき俺が、少しでもマシな状態ならお前を止められたかもしれないのに……エルファス、本当に悪かった」
自分の不甲斐なさがそのまま苦い表情に現れている。エルファスが眠っていたのは、おおよそ三日。その間に手当もなされたということだろう。エルファスはふと気になって毒についても尋ねた。
「毒も、消えているみたいだ……! 俺の毒はどうなったんだ?」
「お前もシロナの甲殻武装を知ってるだろ? シロナの甲殻武装はものの効果を反対にするんだ。だから毒の効果を反対にしてもらったんだよ」
「あの甲殻武装にそんな使い方が……!」
「うふふ。あなたも、エルファスが回復してよかったわねー」
隣では、口元に手を当てながらシロナがクスクスと笑っていた。シロナもエルファスが助かって、ほっとしているようだ。目尻に涙の乾いた跡があり、エルファスの回復をマルスと一緒に喜んでいたことも想像に難しくない。
「ああ、本当によかったよ……! 色んな意味でな」
気の許せる仲間や今の自分の状態にエルファスは涙を零す。
「おっと……! でも、これだけは伝えとかないとな。マルス、緊急事態だ」
「ん? どういうことだ?」
「おそらくだが、『日食魔蟲』が復活している……!」
「な、にぃ……っ!?」
突然の情報に、マルスとシロナの表情が凍りついた。
──『日食魔蟲』ヘラクス。それは底なしの知識欲で災いを呼び起こした殻人族である。
「それで、消えた村のほうは……何かに抉られたようだった……! それはヘラクスの仕業だと思ってるんだが、マルス……お前はどう思う?」
エルファスは自分の憶測を、マルスへ投げかけた。
「ああ。俺もそうだと思う。でも、やはり目的がわからないな……」
マルスは一度、頭を上下に振って頷いた。しかしマルスの言うように、なぜ殻人族であるはずの『日食魔蟲』ヘラクスが殻人族の村を襲うのかについては分からない。
「それよりも、『日食魔蟲』は殻魔族と結託していた……! 俺も毒霧のイロハとかいう奴に襲撃されたからな。それについて、サタンも関わっているかもしれない!」
「そうか」
少し瞳に影を落とし、肩の力が抜ける。
マルスは視線を遠くへ向けながら、どこか悲しそうだ。
「エルファスの目から見て、その毒霧のイロハという奴はどれくらい強かったんだ?」
「いいや、わからない。しかも奴は『第一使徒』と名乗っていた。だからあれが複数体いると考えると、ゾッとする……」
「っ……!?」
第一使徒。
数字がつくということは、第二使徒も第三使徒もいると推測できる。予想の斜め上の強敵に加え、それが複数存在するという事実に二人は顔を歪ませた。
なによりも、『日食魔蟲』は強い。
その強さは、すべてを無に帰したとされる逸話があるくらいなのだ。
「村を壊滅させた手段としてあの逸話が本当なら、村を無に帰した……のか? それがわからないと、どうにもならないぞ」
「その可能性が高い、か」
エルファスの説明にマルスは同意する。手の平を握ったり、開いたり。静かに怒りを燃やしてマルスは口を動かす。
「アトラスの未来のためにも……俺は──」
と、その時。殻人族の誰かが遥か上を指さして叫んだ。
「っ!? 上に何かいるぞ……! あれは、殻魔族!? なんであんなところに!」
空洞の上には蜘蛛の脚を内壁につけて真下を見下ろす仮初の器──災厄、『日食魔蟲』ヘラクスの姿。
「この村の最期……っ! この矢が貫くのは勇者の背後……っ! 宙から狙い撃つ……!!」
そして金色に輝く甲殻武装を引き抜いた。同時に木製の弓を取り出して、弓を真下へ向けて構える。弓矢を引いて溜めをつくり、矢の先端が蛇の顔のようになる。大きく口を開けて、放たれる瞬間を待ち望んでいるかのよう。
「……っ!? そんなことは、絶対にさせねぇっ!!」
マルスは咄嗟に翅をはばたかせて、上へ上へと飛び上がった。
「炎を纏えッ! 甲殻武装、アグニール!!」
左右の腰からそれぞれ一振りずつ、甲殻武装を生成――そして両手に握る。握る力がこもっているのが見てとれる。炎熱を纏わせることで刀身は赤熱化し、最後は黄色く輝いた。
「おらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
マルスは接近しつつも、ヘラクスからある程度の距離を置く。両腕を右側斜め後ろへ引き、二振りの甲殻武装を斜め上へ振り上げた。
その瞬間熱から炎へ、炎から焔へ。黄色に輝く焔とともに、二つの斬撃がヘラクスを襲う。
「っ……!? お前、なんのつもりだ?」
「……決まってんだろ、お前を止めるんだよ。この地底をお前らの好きにはさせねェ!!」
マルスは片方の刀をヘラクスに突きつけて言い放つ。
地底の底──村の中央から上を見上げて彼の戦友、エルファスは呟く。
「やっと、やっとだ……。俺たちの英雄が帰ってきた」
その瞳は歓喜に彩られ、それとともに大きな安心感で包まれていた。




