クラウチングスタート
「勝負あり〜っ! 激闘を制したのはレーカ選手! いやー、厳しい接戦でした」
会場を流れる実況はまさにその通り。ビビ割れたステージや倒れた二人の様子が試合の激しさを物語っている。担架で医務室に運ばれていく二人の様子に観客席から見守っていたルリリは固唾を飲んだ。
準決勝第二試合は翌日のため、既に緊張が背中を走っている。この緊張感はなかなか慣れないものだとルリリは思う。胸に手を当てて、ゆっくり深呼吸をする。
「次の試合、私はネス……ネフテュスに勝たないといけない」
ゴクリ、と唾を飲み込むと喉はやる気のない音をたてた。それからルリリは医務室へ向かう。
レーカは医務室で目を覚ました。
「ここは……そっか。ロニと相打ちだったのね」
ベッドに上体を起こして溜め息をつく。カーテンで仕切られた部屋が幸いして涙を見られることはなかった。
嗚咽だけが部屋に響いている。
「ごめん。泣いているところ本当に申し訳ないんだけど……レーカの勝ちだよ?」
「え?」
隣から聞こえてきた言葉に耳を疑う。ベッドを隔てていたカーテンが強引に開き、複雑な表情のロニが現れる。
「…………ぁ」
「ギリギリ。私が先に負けたんだよ」
「そう、だったんだ」
真剣に戦った相手に謝罪することもできず、気まずい空気が流れた。
「とにかく、レーカは安静にして。決勝選の準備をしないとね」
「……うん。ありがとう」
レーカはバタンと横になり、再度目を閉じる。寝息が聞こえてくるのはまもなくのことであった。
***
翌朝ルリリは走っていた。空気はカラリとしており、まだ冷たい空気が汗ばんだ肌を刺す。ルリリが走っているのは、試合開始時点までに身体を温めておくためである。
本当なら今日が試合当日であるため、準決勝前に消耗するのは避けるべきだろう。しかしルリリの対戦相手はネフテュスであり、接戦の長丁場になる可能性があった。
「短期決戦でネスにケリをつける……!」
一定の速度で走りながら、ルリリの頭の中で勝ち筋を構築していく。どうしたらネフテュスに勝つことができるのか、ルリリの能力を鑑みれば自ずと視界が開けていく。
瞬間、バチリと頭の中で何かが弾ける。ルリリは咄嗟に立ち止まった。
「はぁ、はぁ……」
膝に手をつきながら呼吸を整える。やがてゆっくりと姿勢を正し、胸を張った。
「分かった。ネスに勝つ方法……!」
拳には自然と力が入り、双眸はギラリと獰猛な目つきへと変わる。ネフテュスを超えると、ルリリは意気込んだ。
「さあ、準決勝もこれで最後! レーカ選手と相対するのはネフテュス選手か! それともルリリ選手かぁーーーっ!!」
試合会場が歓声で溢れる。試合の舞台上でネフテュスとルリリは対面する。強気にニヤリと笑うネフテュスに対して、ルリリは口を開く。
「私は……ネスが今にも緊張で胸が張り裂けそうなのを知っている」
「ッ!? はっ、なんで分かるんだよ!?」
「カマをかけただけ。フッ!」
「逃げ出したいのはお前も同じだろ?」
「それはそう」
ネフテュスが問い返すと、ルリリの口元も緩む。そして二人は得物を取り出した。方や矛先が四つに分かたれた槍。方やターコイズブルーに黒い模様の入った剣。
二人は互いの武器を構えて、睨み合う。
「それでは〜! 準決勝第二試合! スタートですっ!!」