恐れの仮面
ルリリは絶叫する。それを意に介さずテーブルの上を平らげていくキマリ。聞こえてくる咀嚼音。ルリリの額に皺が寄る。
「もぐもぐもぐもぐ……ごくり」
「もう、いい加減にしてよ! お母さんっ!」
「もぐもぐ、ごくり。ん!? げほっ、ごほっ!」
顔を赤面させたルリリが叫ぶ。腕がプルプルと震えているのは怒りなのか羞恥なのか。大声に驚いたキマリは食事を詰まらせ、むせ込んでいる。
母親の醜態に身体を震わせているルリリだったが、深呼吸で冷静さを取り戻す。
「はぁ、はぁ。もう勘弁してよ」
「ん。とても美味しかった。賞品もゲットした」
賞品の箱を脇に抱えて満足気に話すキマリ。しれっと優勝してきたらしく、思わず頭を抱える。疲労困憊でルリリの目は死んでいた。
「それにしてもあの場面で良く勝った。流石わたしの娘」
気を紛らわすかのように一言褒めるキマリ。しかし全くフォローにならず、ルリリの目の色は変わらない。
「ルリリ、ごめんね」
「……いいよ。お母さん」
少しの間、静寂が流れた。
***
それから三人で街を散策していると、ふとレーカは話を切り出した。
「ルリリ」
「どうしたのレーカ?」
「もしも私と決勝戦でぶつかったら、ルリリはどうする?」
レーカの目はルリリを向いていない。どうにも煮え切らない態度に、ルリリは戸惑う。
「私はねルリリ、貴女と戦いたくない。もちろんネフテュスとも。……殺してしまうかもしれないの」
レーカの口から本音がこぼれる。レーカの能力は強力無比である。それ故にこのような大会の場であれば、相手を殺しかねない。さらには、レーカの能力はまだ完全に制御したとは言えなかった。
そのためレーカは準決勝でロニと戦うことも恐れていた。手に握られた仮面に皺が寄る。
「ルリリ、貴女はどう?」
ルリリは即答――と思いきや、口を閉ざす。少し考えた後、ルリリは答えた。
「……本気で戦う。私は、本気でレーカと戦いたい」
「…………」
「レーカは多分大丈夫。仮面なんて身につけずに、そのまま戦ったらいい」
レーカの手から仮面を離し、ルリリのポケットに仕舞い込む。
「なに良い雰囲気にしてるんだよ。俺がルリリに勝つ! んでもってレーカにも勝つさ!」
ネフテュスも二人へ宣戦布告する。
「む! 私がネスに勝つの! それでレーカにも勝つ」
人差し指をネフテュスへ向け、ルリリは言い放つ。そんな騒がしい空気に、レーカは自然と綻んでいた。
「二人とも、ありがとう」
「「俺が(私が)勝つ!!」」
そのまま取っ組み合いを始めた二人にレーカは割って入る。そこに憂いの気は既になく、覇気に満ちた様子であった。
***
日は巡り、準決勝第一試合当日。ステージ上でロニは待機していた。
「おおっと、ノーネイム選手が姿を現しません。これはロニ選手の不戦勝なのか!?」
今はちょうど試合開始の五分前。開始時刻に登壇していなければノーネイムの敗北が決まる。
「試合開始三分前ですが、依然として姿を現しません! これはどういうことなのかぁーーー!?」
試合開始まで二分、一分と針を刻んでいく。そして残り十五秒。
「いぃぃぃいやぁぁぁぁあぁぁあぁ!!」
叫び声とともに天空から『何か』が落ちてきた。
「いたた……。やっぱり空からの登場は失敗だったかしら」
落ちてきたのは、深紅の瞳に銀髪の少女。尻もちをつきつつ、ステージへ登った。
「こ……これはどういうことでしょうか! ノーネイム選手! いや違う、レーカ選手の登場だぁぁぁぁ!!」
観客席から歓声が湧く。
手刀を能力で硬化させて身を構えるレーカ。
「……待たせたわねロニ! さあ、戦いましょ!!」
「そう来ないとね、ノーネイム。いや、レーカ!」
着地したと同時に試合開始の鐘が鳴った。レーカは手刀をつくり、戦闘態勢へ移行する。手首から先をナイフの如く研ぎ澄ます。レーカの眼前では黄金の大剣を上段で構えるロニの姿が。自ら前身する動きはなく、レーカの様子を窺っている。
数瞬回ったところで、ようやくレーカが動いた。小手調べと言わんばかりに、手刀を横薙ぎに振り払う。距離を無視した一閃をロニは大剣で受け止める。しかし、大剣は宙へ弾かれてしまった。素早く柄をキャッチすると、ロニは大剣を構え直す。
「やるね、レーカ。昨日の浮き沈みはもう関係がないみたい」
「……見てたの!?」
ロニはお返しにと剣を振り下ろした。レーカの斬撃を受け止めた分の倍返し。レーカは斬撃を受け止めるが、ジリジリと押されている。
「昨日の様子を見ていれば想像はつく……よ!」
鍔迫り合いの最中、ロニはより強く踏み込んだ。勢い余ってレーカの軽い身体は後方へ転がる。すぐに姿勢を立て直すが、ロニは追撃。剣を振り上げて、勢いそのままに横へ薙ぐ。レーカは低く屈むことで凌ぐが、未だロニの間合いの内側だ。
「っ!?」
「逃がさないよ」
攻撃を避け続けるレーカだったが、どうにも反撃の糸口が掴めない。というよりも、反撃した分だけ攻撃が自分へと返ってくるため、一撃必殺型のレーカには分が悪かった。一度に攻めきれれば上等だが、攻めきれなかった場合にはそれ相応のしっぺ返しがある。
大剣を縦横無尽に振り回すロニに対して、攻撃の隙を見出すレーカ。今試合において両者の戦闘スタイルは真逆である。
「はぁ、はぁ」
ロニの途切れ途切れな呼息にレーカは挑発する。
「そろそろ、疲弊の色が見えてきたわね?」
「それはこっちのセリフだよ」
挑発を挑発で返された。互いに休む暇もなく動き続けていたために、レーカの呼吸も乱れている。駆け引きの応酬に波立つ感情に反して、思考は血の気を引いていく。
息を整えて、レーカは見開いた。
「ロニ、行くよ!!」
「……私は私の方法でレーカに勝つよ」
一意専心、両者は激突する。
「おおっと! 一体なにが起こったのでしょうか!! 両者ともに身動きひとつ取っていません!」
手刀と大剣で競り合う最中、互いの動きが止まった。同時に、悪寒が背筋を駆け抜ける。冷や汗がぴとり、頬から垂れた。
「今、私を殺す勢いだったでしょ」
「っ!? 私は……」
レーカの姿勢が斜めによろける。その隙をついて、ロニはレーカを蹴り飛ばした。咄嗟に受け身を取り、地面を転がるレーカ。その際に擦りむいたのか、右脚から出血していた。
「立って。まだ私との勝負はついてないよ」
「言われ、なくても!」
レーカは能力を行使し、距離を無視した斬撃を相手へ放つ。ロニも今までに受けた攻撃すべてを一振りの斬撃として跳ね返した。
斬撃が拮抗し、その末に破裂した。衝撃はステージ外までに及び、ステージに亀裂が入る。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「はぁ、はぁ……っく」
揃って肩を上下させていたが、終いには共に倒れてしまった。
「これは……両者引き分けでしょうか。審判、どうでしょうか」
すると審判は片側の手を挙げる。どうやら先に倒れたのはロニだったようだ。