瑠璃色のルーツ
「続きまして第四試合、ルリリ選手対ショウ選手の対決です!」
一回戦の最終カードが発表される。光球を扱うルリリと気体を操るショウの対決。ステージが切り替わるインターバルの後、二人は舞台の上に立った。
「あの戦い以来か? 久しぶりだな」
「そうだね、シロキ。私はレーカに追いつくためにも、この試合勝たせてもらうよ」
「突然だな」
「残念ながら、あんなに戦いたがってたネスとは戦わせられない」
「勝手に負けたことにしないでくれるか!? ってか戦いたがってたのはアイツの方だろ」
そう言って観客席へ視線を向ける。観客席では応援する方を決め兼ねている様子のネフテュス。神妙な面持ちでステージを眺めていた。
「それでは第四試合、試合開始ィ〜!!」
それぞれが懐から得物を取り出す。瑠璃色の剣とバッタの脚部を想起させる弓。ルリリは姿勢を低く構え、切っ先をショウへ向ける。対して弓を上段で構えるのがショウの出だしだった。
暫くの静寂が訪れるが、先に破ったのはルリリだ。地を強く蹴り出し、ショウの腹部を狙う。しかしその接近をショウが許すはずもない。ショウは弓の弦を引き、空気弾を放つ。
咄嗟にルリリは飛び上がり空気弾を躱すが、礫は後れ毛をかすめていく。
「この……!」
ルリリは着地後すぐに距離を縮め、甲殻武装から光球を展開。眩い光に視界が奪われる。
一瞬怯むショウだったが、使い物にならない視界に目を瞑り相手の気配だけに耳を研ぎ澄ます。
そしてショウは一方向へ空気の弾を放った。
「くっ!」
ぞくりと感じる悪寒反射的にルリリの手が動く。
「はぁ……はぁ」
背後を見れば壁に空気弾が直撃した痕跡。それが二つ。咄嗟の出来事に困惑するルリリだったが、自身が空気弾を切り払ったのだと理解が追いつく。
しかしながら、剣を持つルリリの両手は震えていた。
「今更怖気付いたのか?」
「そんなことない」
ショウの挑発に対して一呼吸置く。すると、ルリリは姿勢を高く保つ。剣を垂直に構えると、全身を巡る血液を更に循環させる。ドクン、と波打つ鼓動とともに、身体に酸素が満ちていく。対してショウも全身の血流を加速させる。
そして、二人は動いた。空気弾の早撃ちと空気弾の斬り捨て。殺気がバチバチと火花を散らす。
ショウは弓の中央から弾を二発、音を立てて放つ。ルリリは横へ身を翻し、一発目を回避する。そして二発目を斬り捨てた。そこへ三発目の弾がルリリを襲う。
「……ッ!!」
声にならない悲鳴。それから遅れてやってくる痛みにルリリは苦悶を浮かべる。ルリリは地面を転がっていた。額から出血しており、睫毛が血に塗れる。
「まだ……!」
剣を手に、ショウへ接近する。剣が相手の得物と競り合う瞬間、光は弾けた。
眩い光がステージを支配する。観客すらもステージを目視できず、その場の全員が目を瞑っていた。
姿勢を低く落とし、弓を斬り上げる。ショウの手から離れた弓は片翼が折れていた。
「ぐッ!!」
甲殻武装の破損した痛みにショウは倒れる。額から血を流しながらルリリは立ち上がると、手のひらを天高く突き上げた。
「勝者、ルリリ選手〜!!」
二人の勝敗を分けたのは――フェイントとブラフの使い分けである。
「か、勝った……」
ルリリは肩で息をしながら、自分の手元を確認する。手を握っては開き、勝利を実感していた。観客席からルリリの勇姿を眺める者が一人。黒に近い緑色の髪を後ろで束ねた女はぼそりと呟く。
「……流石、やる」
女の口元はニッコリとカーブを描く。ステージでは実況の少女が上に立ち、大会を進行している。
「……それでは二回戦、準決勝のカードを発表します!」
再びシャッフルされた対戦カード。壁に映ったカードはロニ対ノーネイム、ネフテュス対ルリリであった。
「準決勝は明後日より二日に渡って行います。それまでは皆さん、ゆっくりとお過ごしください!」
***
準決勝スタートの一日前。ブルメの森は活気づいいた。街中はどこもお祭りムードといわれるやつで、財布の紐も緩む。
レーカはルリリやネフテュスとともに、出店を堪能していた。レーカは串料理の屋台へ一直線に向かい、三本購入する。
「これください!」
「はいよ、嬢ちゃん。準決勝も頑張ってな!」
「い!? わ、私は……その、頑張ります?」
一連のやりとりを白い目で眺める二人。ネフテュスはこめかみの辺りを片手で押さえる。不思議とルリリの口からは溜め息がこぼれていた。
「ねぇ、レーカ。本当にバレてないとでも思ってるの?」
「うん」
自信ありげに答えるレーカ。目元を隠せるくらいの仮面を懐からチラリと取り出してみせる。
「その格好で?」
「え?」
「その髪はやっぱりバレるよ……」
服装は私服だが、流れる銀髪は世にも珍しい。せめて髪を染めていなければ、レーカは正体をひけらかしているも同然である。
「あ……」
「正直、予選の対戦相手だったカステルさんは馬鹿を見る目だったと思う」
「えぇぇぇぇえええ!!」
遅発性の心理的ショック。あまりの羞恥心に声が飛ぶ。何故正体を隠して出場したのかとルリリが問うと、レーカはゆっくりと口を開いた。
「……たの」
「え? レーカ、もう一回」
「だから、心機一転で新しいことに挑戦したかったの!」
そのためには有名税を捨てなければならなかったとレーカは補足する。ルリリは再度、溜め息をつく。その隣では、ネフテュスが頭を痛めていた。
「「……はぁ」」
しばらく街を散策していると、目の先に人混みができていた。どうやら大食い大会のようで、沢山食べた者たは賞品があるのだそうだ。誰も彼もが皿の上に乗った虫や豆、野菜の類を口へ運ぶ。齧歯類の如く頬に沢山の食物を含み、噛み砕いては嚥下する。
『おおっとー! これは速い、速いぞ! 流石は英雄の一人だぁーーーっ!!』
ルリリの目が見開く。
視線の先は大食い大会に出場しているうちの一人、黒緑色の髪色が特徴的な女性へと向けられていた。
「え、何やってるの……?」
「ん、ふわぁ、るりひ。ごくっ。どう、元気してる?」
ルリリは頭を抱えてしゃがみ込む。
「何してるのお母さんーーっ!!」
そこには育ての母であるキマリの姿があった。