名ばかりのno name
「いくよ、ムシヒメノツルギ!」
手首に黒い紋様が浮かび上がり、手先に太刀が握られる。太刀の輪郭は淡い光を発し、ノーネイムのミステリアスな雰囲気も相まってまさに神秘的。
カステルは鎌を引き抜き、姿勢を低く保つ。そして刃を地面スレスレの位置まで落とした。
「ルナウデルツ、力を貸せ!!」
ぎっと奥歯を噛み締めると、カステルはノーネイムへ肉薄する。遠心力を武器に鎌を横に薙ぐ。勢いそのままに、今度は上段の振り下ろし。
ノーネイムは仰け反ることで一度目の斬撃を躱し、続けて迫る斬撃に横から太刀でつつく。すると軌道は横に逸れ、カステルの重心もアンバランスになる。
その隙をつくように、ノーネイムは鎌を破壊するべく刺突。しかしカステルに攻撃は届かなかった。否、切っ先がズレていたとでも言うべきだろうか。ノーネイムは的外れな位置を目掛けて攻撃していたのである。
「こっちだ」
「ぐッ」
目の前にいたはずのカステルと斜め横から迫る鎌。どうにも違和感が拭いきれない。目を擦り、再度目を開けても結果は変わらなかった。カステルの位置に反して飛び込んでくる斬撃。
「おおーっとこれはカステル選手! 着実にノーネイム選手を追い詰めています! これは本気でリベンジ成功となるのではないでしょうか!!」
実況席からの声に肩を落とすカステル。
「俺は本気だ。前は、能力使う暇すらもらえなかったからな。最初から全力で行く」
暗に容赦はするなというメッセージが聞こえた気がする。
「なら私も、全力……は出せないからできる限り相手をするわ」
全力で相手をする場合、対戦相手の無事を保証できない。顔は俯き、声は段々と小さくなる。やがてチラリと前を向く。
カステルは怒りに燃えていた。
「こうなったら全てまとめて、雪辱を晴らさせてもらう!」
縦、横、斜め、そして振り上げ。連続して繰り出される斬撃をノーネイムはぴょんと飛び跳ねて躱していく。
迫り来る鎌を太刀で受け止めると、一度距離をとる。
「間合いを空けたか。……流石というべきか、英雄の娘」
「せっかく正体を隠して参加しているのに、大声でバラさないで欲しい……わねッ!!」
言葉と勢いに任せて一閃。カステルの足元一歩前に亀裂が生じる。
「私の攻撃は距離なんて関係ないの。だから扱いづらくて大変だわ」
「は、は……はは、は?」
ノーネイムの能力、その一端を聞かされたカステルの目は笑っていなかった。肝が冷えるどころの話ではない。当たり所が悪ければ命の危機である。
「やぁーーーっ!」
声を張り、ノーネイムは太刀を振り下ろす。横ステップで攻撃を回避するも、カステルの額は冷や汗でびっしりだった。
「そんな能力、反則だろ……っ!」
「私だって、力のコントロールが難しいのよ。だからお願い、死なないでね」
気合いの一閃。横一文字に薙ぎ払う。円弧状に広がった斬撃の波はカステルの逃げ場を失わせる。背中をなぞる悪寒に、間一髪で得物を前方に構えた。
耳を劈く金属音が響く。気がつけば、ノーネイムの太刀はカステルの喉元スレスレで留まり、鎌はボロボロとなっていた。
「ぐはっ……!!」
「勝者、ノーネイム選手!」
場内アナウンスが響く。勝利を手にしたのはノーネイムであった。