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呵々大笑

「お部屋はどうでしたか? 勿論お寛ぎいただけたでしょう。ええ、ええ、何せベッドも暖炉も装飾品も、全て最高級のものを取り寄せておりますから」


 俺たちは部屋を後にすると、細身で、いかにも高そうな服を着た宿屋の店主に笑顔で見送られつつ外へ出た。

 きれいに舗装された道に、レンガ造りの建物が建ち並ぶ。空からは暖かな日差しが降り注ぎ、町を行き交う住人は皆笑顔を浮かべていた。


「シキはこの町に来たこと――――って、記憶が無いんだったな」


 隣を歩くハロが、思い出したようにつぶやく。


「ここ、ルトウィックは近くの大河で行われる漁業を主な産業としており、ここで捕れた川魚は高級品として世界へ輸出されています。先程の宿屋でもディナーのメインディッシュとして振るわれているそうですよ」


 先頭のルイスは、「あと、シキさんを拾ったのもその河です」と付け加えた。

 石製のアーチ橋に差し掛かった時ふと左へ視線を向ける。

 眼下に並ぶ西洋風の家々。そしてその中心を、遥か先にそびえる山から流れる巨大な河が横断しており、今までに見たどの場所の景色よりも美しい光景が広がっていた。


「あの……他の座員の方はどこに……」

「わたくしたちは、一応臨時のテントは建てますが、何があってもいいように基本野宿なのですよ。今回は特例として傷だらけのシキさんがいたので宿をとりました……宿があのお高いところしかなかったのは誤算でしたが……さすがに怪我人を寝袋には寝かせられませんし……」

「そ、こ、で! 看護人を決める激闘を制したのが、このオレってわけよ。中々高級宿屋なんて泊まれないからね! おかげで昨日はぐっすり」


 そう意気揚々に語るハロへ、「うふふ、おかげで出費が倍になりましたけどね」と笑顔を浮かべるルイス。その声音からは静かな怒りを感じ取れる。

 この人はあまり怒らせない方が良いだろう。

 

「ところで、その服はどうよ? 適当に余ってた服を座長に貰ってきたんだが……」


 俺は軽く腕を回し、「特に問題はない」と答える。

 ルイスが部屋を出た後「ほい、これ」と、ハロからきれいに畳まれた服を受け取ったのだ。宿屋まで俺を担いで来た後、ボロボロの俺を見兼ねて駆け足で持って来てくれたらしい。


「さあ、見えてきましたよ」


 町の中心街から少し離れた芝が広がる丘の上に、五台の荷馬車と巨大なテントが一つ、小さなテントが三つ建てられている。そして無数の人々がその間を、右へ左へ忙しなく行き来していた。


「今夜ルトウィックで公演予定なんだぜ。まあ、ちょっと人通りは少ないけど、テントを張れる広いスペースがここしかなかったんでね」


 ハロは「それじゃ、オレはこっちだから」と小さく手を振り、一番手前にある小さなテントへ姿を消した。

 途中、小道具を運んだり、公演の確認を行ったりしている者たちから送られる、奇異なものを見る視線が刺さる。前世の頃から注目されることに慣れていなかったこともあり、何だかやけに緊張してしまう。


「ただいまお連れしました」


 ルイスが一番奥にある小テントの入り口で大きく呼びかけると、「よし、入れ」という低い男の声が返って来た。


「それでは、わたくしはこれで。まだ打ち合わせが残っておりますので」

「……え?」


 彼女は朗らかな笑顔を一度浮かべると、踵を返して先程通過したテントへ戻って行った。

 ――ここから俺一人?

 話の流れから言って、この中にいるのは座長で間違いないだろう。つまり、これは前の世界で言う面接と同じものとなる。ということは、礼儀正しく、簡潔に、このエルワズ一座で働きたいと宣言しなければならない。

 正直言って……不安しかない。

 何せ今までバイトはおろか、面接など滅多にやったことは無い。

 確かに前世では俺を引き取った親戚夫婦の仕事の都合で、幾つもの学校を転々とし、その度に面接の様なものは行われたが、片や教師と生徒、片や劇団の座長と行き倒れの男。更に後者は毒で他者を殺そうとする人間がいるような、殺伐とした世界であるというオマケつき……。

 流石にここで命の危険にさらされるということは無いだろうが――。


「……どうした? 入らないのか?」


 俺の長考に耐え兼ねたのか、中の人間から催促の言葉がかかる。

 俺は慌てて返事をし、「し、失礼します……」と姿勢を低くしてテントへと入って行った。

 床には芝がそのまま広がっており、テント内にもかかわらず開放感がある。壁際にはショーの演目で使われる小道具の入った木箱や、剣、槍、斧などが積まれていた。天井から吊るされたランプが、たばこ臭いテント内を明るく照らしている。

 そして中心に、何かの図面や会計書等が広げられた大きな机が置かれ――男が一人、入ってきた俺に背を向けて書類を捲っていた。


「よお、ルイスから話は聞いてるぜ」


 男は口にくわえた葉巻の灰を一度落とし、こちらへ振り返る。

 筋肉粒々で色黒。背は今の俺よりも頭一つ分高く、おそらく二メートルはあるだろう。頭に髪は生えておらず、その代わりに無精ひげが、ぼさぼさと長く伸びている。


「で? どこにも行くとこがないんだって?」


 煙を吐き出し、腹の底まで響く低音で問う。


「あ……その、はい……」


 俺はその迫力に気圧されてしまい、無意識のうちに声が小さくなってしまった。

 男は「ふん」と髭を撫でると書類を置き、のしのしとこちらへ歩いてくる。その姿はまさに野生の熊か角が生えた鬼の様に見え、自然と――殺されるかもしれない――そう思ってしまうほど、男の顔は厳つく恐ろしかった。

 彼はすぐ目の前に立ち、鋭い目つきでこちらを睨む。

 そして――。


「――どうやら、服のサイズはぴったりだったようだな」


 そう歯をむき出して笑った。


「いや、その服、俺のお古でよ。うちの座員の中じゃ着れる奴が少なくて余ってたんだ」


 男は俺の顔を覗き込み、「何だ? 殴られるとでも思ったのか?」と呵々大笑する。


「ここは帰りたくても帰れないやつ、帰る場所を失ったやつ、帰るべき場所から逃げ出してきたやつがほとんどだ。記憶喪失はお前が初めてだが……まあ生きてりゃ何とかなるだろ」

「あ、あはは……ありがとうございます……」


 ――危うく、年甲斐もなくちびるところだった。

 未だに冷や汗は流れ続け、早くなった鼓動は落ち着きを見せない。


「俺はこのエルワズ一座の座長であるミロクだ」


 差し出された手を俺が握ると、


「――ようこそ、捨てられた者が最後に輝く大舞台へ」


 男――ミロクはグッと腕に力を入れた。

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