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短編大作選

何それ女とヤバイね女

お洒落な、ガラス張りのカフェの角席。


目の前には、交通量の多い道路。


その手前には、親友が二人いる。


今、一緒にいる二人の親友は、大学に入ってから出逢った。


大学の外でも、行動を共にすることがとても多い。


このお店の明るさと同様、とても明るい二人だ。


店の外は、店内とは対照的に、だんだんと暗くなってきた。




私から、向かって右側にいる奈子ちゃんが、私のバッグに付いているキーホルダーを指さし、聞いてきた。


「何それ?」


「あっ、これは家の近くのスーパーで200円だった、ガチャガチャのキーホルダーだよ」


「何それ?」


「あっ、ダックスフントっていう犬だよ。カワイイでしょ?ダックスフントのキーホルダーだよ」


「何それ?」


「えっ、ダックスフントを知らないの?胴が長くて足が短い犬だよ。知らないなんて、奈子ちゃん、少しバカなんじゃないの?」


「何それ!」


「ごめん、怒ったよね。冗談だよ、冗談。本気にしないでよね」


私は、メニューを一通り見終わり、注文する料理を決めた。


「何?それ?」


「うん、これにするよ。特製パンケーキと、このチョコレートサラダ、美味しそうだよね」


「何それ?」


「そんなに変かな?メニューになってるんだから、マズくはないんじゃない?奈子ちゃんさ、私の勝手なんだからいいでしょ。ねえ、美瑠ちゃんはチョコレートサラダ、変だとは思わなかったでしょ?」


私から、向かって左側にいる美瑠ちゃんは、久方ぶりにスマホから目を離し、顔を上げて、私に軽蔑の眼差しを送り、喋り始めた。


「ヤバイね」


「えっ、美瑠ちゃんの方がどうかしてるよ。スマホに夢中で今、初めて喋ったよね。そんな自分のことどう思うよ?」


「ヤバイね」


「チョコレートサラダを頼もうとしている私より、スマホに夢中になりすぎる方が、ヤバイよね?」


「ヤバイね」


「そうでしょ?スマホに夢中になり過ぎた罰として、美瑠ちゃんには、チョコレートサラダの毒味をしてもらいます?」


「ヤバイね」


店員さんを呼ぶと、清潔感と少しの陰を持った、美しい店員さんが現れた。


私は、三人分のパンケーキ、一人分のチョコレートサラダを、その店員さんに、ハキハキと頼んだ。


「私、チョコレートが好きなんだけど、食べるだけで肌が荒れちゃうんだよね」


「ヤバイね」


「でも最近、肌荒れが気持ち良くなってきちゃってね。肌よ、どんどん荒れてくれって思ってるの。ハハハハッ」


「ヤバイね」


「冗談だよ、冗談に聞こえなかったかな?」


「ヤバイね」


奈子ちゃん、美瑠ちゃん、私の三人でいる時が、一番落ち着く。


そして、一番気楽で、一番楽しい。


そう、心から思っている。


「このチョコレートサラダ、写真では結構量が多そうなのに、200円だよ。これで200円なんだよ、美瑠ちゃん!」


「ヤバイね」


「そうだよね。安すぎるよね」


少し経って、テーブルには、分厚いパンケーキと、大きな皿に盛られたサラダが、運ばれてきた。


「パンケーキも、チョコサラダも量多すぎない?」


「ヤバイね」


「ねえ、このサラダ、知らない野菜が入ってるよ。この紫色のヤツ」


「何それ?」


「ちょっと待ってね。今から美瑠ちゃんに毒味させてみるから」


「ヤバイね」


「大丈夫だよ。絶対に美味しいよ」


美瑠ちゃんは、表面に細いチョコレートの線が、何本も均等に描かれたサラダを、箸で掴んだ。


そして、おそるおそる、口に運んだ。


「どう?知らない野菜だったでしょ?」


「ヤバイね」


「大丈夫だよ。新種の野菜でも、毒がある訳じゃないんだから」


サラダへの興味と、美瑠ちゃんの真顔が溢れる。


美瑠ちゃんの真顔を横目に、黙々と奈子ちゃんは、パンケーキを、フォークとナイフで切っていた。


「それで、どうだったの?チョコレートソースのかかったサラダのお味は?」


「ヤバイね」


「えっ、そんなに美味しいの」


「何それ?」


「えっ、別に味を期待してなかった訳ではないからね。美味しそうだとは、ずっと思っていたよ。私は、食べたくて、このチョコサラダを頼んだんだから」


「ヤバイね」


「私、ヤバくないよ。普通だよ普通。普通の中の普通だよ」


チョコレートサラダを、口いっぱいに含んた。


そして、ゆっくりと噛み締めた後、しばらくの間、微笑みが止まらなくなった。


チョコレートサラダの件で、一通り盛り上がり終わった。


料理の話が一段落して、ぬるっと、世間話が再開した。


「少し前に三人で観た『底知れぬブルー』っていう映画、面白かったよね」


「何それ?」


「あっ、ヤバイ。奈子ちゃん、その時いなかったんだった」


「何それ?」


パンケーキは、どんどん体内に消えてゆく。


チョコレートサラダの減りもはやい。


でも、今、手の動きをパタリとやめた。


「あのね、私が懸賞で当たったんだけど、二人分しかなくて、それでね」


「ヤバイね」


「ごめんなさい、奈子ちゃん。今日は私が、奈子ちゃんにおごるからさ」


「何それ?」


「わ、分かったよ。今日はおごるし、奈子ちゃんと私の二人で今度、映画を観に行こうね?」


「ヤバイね」


「あっごめん、美瑠ちゃんも一緒に行きたいよね?じゃあ、三人で映画に行くってことで決まりね。でも、美瑠ちゃんは今日も映画も自腹だけどね」


「ヤバイね」


「そりゃ、そうでしょ?私が払う理由はないんだから」


楽しさが溢れていたが、心はあまり晴れなかった。


心にたむろするモヤモヤが、美瑠ちゃんの置いたフォークの音を合図に、外へと放出された。


「あのさ、私、彼氏が出来たんだよね。1ヶ月くらい前に」


「何それ?」


「ごめんね。言おうとしてたんだけど、言えなくて」


「ヤバイね」


「でも、親友だからこそ、言えなかったってのもあるから」


「何それ?」


「親友で、本当に大好きだからってこと」


「何それ?」


「ヤバイね」


店員さんが片付けている、お皿のガチャガチャ音が響く。


「それでね。彼氏が出来たから、二人とはあまり遊べなくなるよ」


「何それ?」


「ヤバイね」


二人の視線が、心を貫きそうに鋭い。


「遊ぶ回数が少なくなるだけだから、大丈夫だよ」


「ヤバイね」


周りのテーブルとの間に、だいぶ温度差を感じた。


「本当に大丈夫だって。私たちはジャンケンのようなものだから」


「何それ?」


「三つが揃わないと、成立しないってこと」


「何それっ」


「ヤバイね」


三人みんなが、笑顔になっていた。


やさしい空気が、ここには流れていた。


「あっ、美瑠ちゃん終電大丈夫?」


「ヤバイね」


「美瑠ちゃんも、おごってあげるから、はやく行きな?」


「ヤバイね」


「美瑠ちゃん、バイバイ。奈子ちゃん、明日早いから私も帰るね。ちゃんと払っておくからね。バイバイ」


「何それ?何それ?」

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