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風に愛された少女  作者: 白湯
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届かない希望

誤字・脱字、設定のミスはご了承下さい。

たくさんの色がある。

緑、茶色、青。


いつのまにか赤が混じって、茶色と灰色。

他にも色はあるけれど、どれも霞んでしまってる。


でも、いつも決まって目につくのは、眩しいほどの銀色。

お日様に反射してキラキラ輝いているのもあれば、暗闇の中で鈍く光っているのもある。

天使の翼は、こんな色をしているんじゃないかって、ひっそり思っていた。

自分には、あれ以上に穢れのない銀色を知らなかったから。


銀が溶ける。


否、余計な何かが混じっていく。


ダメだと思うのに、体が動かない。

やめて。

穢さないで。

もう、風になれなくなってしまう。


銀だけじゃない。

緑も茶色も青も赤もみんなみんな溶けてって―――





「…白い」

「やっと起きましたか」


ぽつりと呟いた少女の瞳をのぞき込む。


「ここは…?」

「医務室です。後方の基地の一つの。間違ってもあの世ではありませんから、安心して下さい」

「…そう」


起きたばかりだからか、いつものような覇気がない。

ぽんぽん跳ねる言葉も、今は鳴りを潜めている。


しばらくの間、ポコポコと医務室にあるやかんが、水を沸騰させる音だけが響いていた。

なんとなく、それが違和感となって俺の中に落ちる。

思えば、今までどこでもにぎやかさがあった。

訓練の時は教官の怒声と同期の笑い声、基地では仲間のおしゃべりと上官の指示、戦場では爆音と悲鳴が。

目の前の上官にしたって、いつも笑みを浮かべたまま何かしらの会話が途切れたことがない。

だから、ここまでの静けさは居心地が悪かった。


しかし、目の前の怪我人に対してむりにしゃべることもできず。

時間だけがゆっくりと流れていく。


「………で」

「え?」


そんな沈黙を破ったのは、目の前の少女だった。


「…なんで、生かしたの」


いきなりの言葉に、とっさに言い返せない。


「そ、れは、どういうこと、ですか」


しかし、その言葉を頭が理解しても、俺には彼女が何を言っているのかがわからなかった。

何故生かしたのか。

そんな当たり前とも言えることを、責めるように言うその意味が。


「っ、なんで!私を助けたの!?やっと見つけた、死ぬべき場所だったのに!」


レーゼがいきなり上体を起こし、隣に座っていた俺の胸ぐらをつかむ。


何かを言わなければならない。

理由なんて知らなくても。

死ぬという言葉を否定するでもいい。

たくさんの仲間を死へと追いやったあなたが、それを言うのかと責めるでもいい。

あるいは、綺麗事で飾った、上辺だけの激励でもいい。

なんでもいいから、言うべきだった。


「…風に戻してくれないなら、せめて、死なせてよ」


でも、言えなかった。

レーゼがつかみかかったことで、真正面から見ることになったレーゼの表情(かお)は―――今にも泣きそうだった。


沈黙の時間がいくらか流れる。


その間に冷静になったのか、レーゼがゆっくり手を離す。

それが、やけに鮮明に俺の頭が焼き付けた。


「…ごめんね、ちょっと取り乱しちゃった」

「っ…、」

「うん、お世話になったね。もう大丈夫。君も休みなよ。私は平気だからさ」


何か言おうにも、もう届かない。

それは、彼女のいつも通りの笑みが、証明していたから。















翌日。

大きな傷は、レーゼが昏睡中にほぼほぼ完治し、激しい運動は止められているものの、日常的な活動は許されていた。


服を着替えて、軽く髪を纏める。


今日も今日で十分忙しい。

長らく寝ていたので、仕事もそこそこ溜まっている。

まあ、優秀な助手が頑張ってくれたので、言うほど多いわけではないが。


そうして、仕事場に行こうとしたときーーー見慣れた部下の姿が目に入った。


「‼︎」


あちらもあちらで、気まずそうな顔をする。

当たり前だろう。

レーゼの脳裏に昨日の自分の失態が掠める。


あのときは、色々混乱していたのだ。

情緒が不安定だった。

そう、致し方なかった。


うんうんと自分を納得させると、いつも通りの笑顔を浮かべる。


「やあ、おはよう。いい朝だね」

「…おはようございます」


いつもの挨拶をすれば、向こうも軽く頭を下げる。

何か言いたそうな顔をしているが、概ねいつも通りだ。


もともと聡い人だった。

取り巻く状況を冷静に分析し、相手を正確に理解する。

そのことに長けた彼だからこそ、この地獄でも長く生き残っているのだろう。


なんとなく微妙な雰囲気が流れるものの、仕事が始まってしまえばそれも気にならなくなる。

レーゼはこの手の事務仕事は苦手ではないが、とても得意と言うほどでもない。

特に、たまりにたまった今回は。

いっそのこと、戦場で暴れ回っていた方が数倍楽だ。

そんなに脳筋であるつもりはないが、そんなことを考えてしまうくらいには、書類の山が積み重なっていた。

最中よりも、後始末の方が大変であるとはよく言ったものである。


テキパキと指示を出しながら、一つずつ片付けていく。

とにかく手当たり次第。


仕事が片付いていくのに比例して、時間も刻々と過ぎていく。

気付けば、窓の外に見える太陽はほぼほぼ沈み、辺りは影を落としていた。


部下たちも、ほとんど帰路につき、この部屋に残っているのは自分以外に目の前の彼だけだ。


「ごめんね、こんな遅くまで付き合わせて」

「…別に、構いませんよ。仕事のうちですし」


簡素ながらも、模範解答のうちだ。

よそよそしさはあるものの、腫れ物を触るような他の部下たちに比べれば、十分すぎるほどにマシな部類に入る。


「…そろそろ帰ろうか。明日もあるし、下手に体調崩すほうがよくないからね」

「…そうですね」


軽く机の周りを整理して、席を立つ。

戸締まりを確認し、鍵を片手に部屋を出ようとしたとき。

意を決したように、彼が顔を上げた。


「…、あの、昨日のことは」


ああ来たか、と、そう思った。

ある意味、彼が選ぶであろう選択肢の一つ。

だから、前から用意していた回答を用いる。


「ああ昨日のことは、気にしなくて良い。ちょっとした白昼夢だと思ってくれて良いんだよ。私も、色々と精神が不安定だっただけだから」


なんてことない笑顔で、その言葉を口にする。

我ながら、とても白々しい。

こんな答えで、相手が納得するはずもないと知りながら。


「でも」


それでもなお彼は食い下がる。

きっと根が優しいのだろう。

こんな酷い上官でも、ほっとけないと思っている。


その優しさが、眩しいと感じた。

この理不尽な地獄にいてなお、優しさを保てていることに。


戦場(ここ)では、そう珍しくないでしょ?時として、悪魔だって涙を流すものだよ。でも悪魔は悪魔だ。気にかける必要はないからさ」

「……」


これで、終わりにするつもりだった。

ここは、お前の領域(テリトリー)ではないと、線引きをして。


でも―――


「…でも、俺には、あなたが、ただの泣きそうな女の子に見えました」


その言葉に、強く揺さぶられてしまった。

もうずっと聞いていなかった、この先聞くことはないと思っていた、こちらを気にかけるその言葉に。


「確かにあなたが良い上官だとは言えませんけど、でも、少なくとも俺は同じ戦場で戦う仲間だと思ってます」

「……」

「話したくないなら、無理にとは言いません。…でも、せめて、なんとかしようとして下さいよ。自分の傷を隠すぐらいなら、誰かに頼って―――」

「じゃあっ!!」


限界だった。

これ以上、優しくされるのは。


「じゃあ、あなたは、私を自由にしてくれるの!?私を自由にするために、この国すら敵に回してくれるの!?」


心をせき止めていた理性が、崩壊する。

笑顔も何も取り繕えていない。


「もうやめてよ!出来もしないくせに、私から奪ったくせに、そんなこと言わないでよ!」


視界がにじむ。

涙を流したのなんて、いつ以来だろうか。


「もう、こりごりなの。絶対に戻れない過去に夢見て、絶対に届かない未来に手を伸ばして、絶望するのは」


段々と力が抜けていく。

体にも、言葉にも。


「……これ以上、届かない希望を、見せないで」



意外と続く、どこまでも。

(予定はあと二話。ホントに。マジで。ガチで。絶対に。多分)

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