表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風に愛された少女  作者: 白湯
2/4

狂った救世主

誤字・脱字、設定のミスはご了承ください。

「レーゼ」


名前を呼んでも、無駄なことはわかっていた。

彼女が、ずっと求めていたものが、今ここにあるのだと。

思わず掴んだ手が、とても冷たい。


「大丈夫」


彼女が、安心させるように笑う。


「いいのか、ここで」


自分の声が、まるで迷子の子供が縋っているようだ。

いや、間違っていないか。

俺は、できることなら彼女にどこにも行って欲しくないから。

それが、彼女の悲願と知ってもなお、最後に何かが間違っていて欲しいと思っていた。


でも、彼女の答えは聞く前から知っている。


「うん。最っ高のエンディングだよ」


だから、彼女の手を離した。


これが、彼女の願いを叶えるためにできる、最後のことだったから。























俺の街は、この国の隅っこにあった。

山に囲まれて、とても便利と言うほどではないが、それでもそこそこ大きな街。

要は平均的な街だ。

どこにでもあるような。

そこに俺は、両親と妹の、家族四人で暮らしていた。


まぁでも、あるとき隣国の手によって簡単にその街は火の海となった。

歴史上の探せばいくらでもあるような、無名の街のまま、消えてった。


当時、俺たちの国と隣国は戦争の真っ只中だった。

中央にでもいけばそうでもないが、隣国に近い街や村がある日消えていくのはそうそう珍しくない。

といっても、実際に消えるまでは俺も、他人事のままだったなだけどな。

だって、そうだろ?

自分の知らないどこかで誰かが死んでます、なんて言われても実感なんて湧かない。

戦争してるなんて言っても、徴兵されるわけでもなく、戦ってるのは一部の人間だけ。


だけど、あの日、俺は知った。

大好きだった父が目の前で殺され、逃げてる途中で流れ弾に母が当たり。

妹と二人で手を繋いで、必死に走った。

周りの家は、炎に包まれて、ゴウゴウと音を立ててた。

道行く道には、誰かが倒れ、その中には見知った人もいた。

ほとんどは、顔がつぶれたり体がちぎれてたりして、見分けすらつかなかったんだけどな。


まさしく地獄。

夢でも見てる気分だったよ。

悪夢なら覚めてくれって何度も思った。

俺自身も怪我をしていて、身体中が痛かったから、嫌でも夢なんかじゃないってわかったけど。


とにかく走って走って、少しでも安全なところへ。


まぁ、この時国の軍が遅れたせいで、安全な場所なんてなかったんだけど。

前の山は燃えてたし、後ろには隣国の軍のやつらがいた。

逃げ場なんてなかったんだな。

でも、死にたくないから逃げて逃げて。

そして、力尽きた。


それでも、最期のあがきだって妹抱きしめて、物陰に息を潜めた。

もう死ぬって思ったよ。

ああ、自分はここまでなんだなって。

それと同時に恨みもした。

俺たちが何したんだよ。

罪も犯してないのにおかしいだろって。


そして同時にこうも思った。

俺がもっと自由だったら。

鳥のように空が飛べたら、まだ生きれるのにって


そうして、空を見上げたとき、救世主が来た。


綺麗な銀髪をなびかせて、空を駆けてくる人たちが。


最初は夢でも見てんのかと思った。

死ぬ間際の都合のいい夢を。


だって、あまりにも現実離れしすぎてたんだ。

自由気ままに空を飛び、その人たちが手を振るたびに目に見えない何かが敵をやっつける。

まるで何かの物語みたいだ。


そう、彼らこそが『風の一族』リンヴェント族だったんだ。

彼らは綺麗な銀髪銀眼をしていて、風を思うままに操る。

風を愛し、空を支配する。

誰も彼らには敵わない。

最強の一族。


だからこそ、彼らは誰にも味方しなかった。

普段は誰も入ってこないような山奥に集落を作って住んでいて、滅多に人目にあわない。

この国の森にこそ住んでるものの、この国と隣国の戦争にも、中立の立場だった。

彼らがどちらかにつくだけで、戦力が傾いてしまうから。

それだけの力が、彼らにはあった。


それもあって、信じられなかったんだな。

俺たちにとって、おとぎ話みたいなもんだったから。


なんにせよ、彼らが来たことによって、戦局は一気にこっちに傾いた。

さっきまでは逃げ惑うことしかできなかった俺たちの街は、彼らによって救われた。


もっと早く来てくれてればとか思わなくも無かったけど、俺たちを救ってくれたことには変わりに無い。


あのあと、何度も夢に見た。

地獄のような景色を。

そして、何よりも自由な風を。


中でも、俺は一人の少女に目を奪われたんだ。

綺麗に結われた銀髪で、あまりにも自然に飛ぶ少女。

当時9だった俺とそう変わらない少女で、それなのに、あの中で一番綺麗に風になっていた。

その時から、彼女は俺の憧れになっていた。


レーゼ・リンヴェント。


彼女との出会いが、俺の人生を大きく変えた。









あの戦争の後、遅れてやって来た軍に保護された俺たちは、難民キャンプで暮らしていた。

しかし、戦争中で国の懐事情も苦しい。

働きもしない民の食事まで賄えるほどの余裕なんて、どこにもなかった。


そんな俺が選んだのは、訓練兵となること。

訓練兵となれば、衣食住はついてくるし、少なくとも今ここで死ぬことは無い。

まだ幼く養ってくれる両親も亡くした俺たちの選択肢は、それだけだった。


それから月日が経ち、俺は16になっていた。

この国では、15から成人とされているので、俺はもう立派な大人だ。


今年からは訓練兵を卒業し、ついに一人前の兵士となる。


「あー。いよいよだな。お前はどこの配属になると思う?」

「そうだな。妹に仕送りしたいから、できるだけ長生きできそうなとこがいいな」


友人の一人がなんだか気まずそうに目をそらす。


「…まあ。お前成績も良かったし、いいとこ行けんじゃねぇの。ほら、王都とかさ」

「さあ。それはどうだろうな。戦争の状況も結構逼迫してる。中央のお偉いさんばっかにいいやつ付けてる暇はねぇと思うけど」

「それを決めるのは上だしな」


国に余裕のあるときであれば、国は優秀な兵を王都へ集めていた。

誰だって自分の身はおしい。


だが、戦況はそんなことを言っていられるほど甘くない。

今は踏ん張りをきかせているが、数年前から隣国が優勢となっていた。

だから、最近では、優秀な兵を中央で持て余すぐらいなら、戦場へ送り込んだほうがいいという意見が多く出ている。

優秀であれば、内側で悠々と暮らせる時代は過ぎた。


「まぁ、どんなところにせよ、お互い頑張ろうぜ」

「ああ」










そして、示された配属先は―――


「はじめまして、私の名前はレーゼ・リンヴェント。君たちの上官だよ。よろしくね」


輝くような銀髪銀眼。

整った顔立ちは、色気や可愛いというよりは、美しいという言葉が一番似合う。


「ここは最前線で、君たちがここに来たのも本意ではないと思う」


俺とそんなに変わらないぐらい少女が笑う。

ここが戦場だなんて考えさせられないくらい。


「でも、上手くやってけたらと思うよ。以上」


あの日の少女が、目の前にいた。





始めに感じたのは、高揚だ。

俺にとってのヒーローが、目の前にいたんだから。


あれから何年も経った今でも、彼女の姿は鮮明に覚えていた。

ずっと憧れ、その姿に羨望し、その存在に焦がれていた。

そんな彼女が、手を伸ばせば届くような距離にいる。

それに胸の高ぶりを抑えられないのも、仕方のないことだと思うんだ。


そして、次に感じたのは






―――恐怖だった。







それは、俺が配属されてから、間もない頃だった。


敵が攻めてきたから、迎え撃て、と。

前線なんだから、当たり前と言えば当たり前だ。

新米といえど、一人の兵士。


「人殺したくないかもしれないけど、躊躇ったら死ぬよ。戦場では、君たちのこと守り切れないから」


皆がはじめての戦場に震える中、向かう途中で、レーゼはそう言った。

いつもみたいにニコニコと、でも目は本気だった。




そうしてはじまる泥沼。


とにかく無我夢中で、撃って切って撃って。

ヤバいと思ったら走る。


逃げて撃って逃げて走って切って逃げて撃って切って走って逃げて撃って逃げて走って切って逃げて撃って切って走って逃げて撃って逃げて走って切って逃げて撃って切って走って逃げて撃って逃げて走って切って逃げて撃って切って走って逃げて撃って逃げて走って切って逃げて撃って切って走って逃げて撃って逃げて走って切って逃げて撃って切って走って逃げて撃って逃げて走って切って逃げて撃って切って走って逃げて撃って逃げて走って切って逃げて撃って切って走って逃げて撃って逃げて走って


もうどれだけそうしていたか、わからない。


自分が殺した敵の死体。

人であることを捨てれなかった仲間の死体。

めちゃくちゃでそれが人であったことすら、わからなくなってるモノ。


だんだん感覚が麻痺していく。

頭の中央がぼーっとして、もはや正常ではない。


まさしく地獄。






そんな地獄の中、レーゼは―――


「あははッ」


笑ってた。


「おやおやぁ?もうおしまいなのかな?根性ないねぇ」


いつも通りの笑顔で。


「うんうん、でも君は頑張ったよ。君という人間に価値はないけど、君の頑張りには賞賛を送るよ」


人をいたぶりながら。


「―――ッ!」

「でも、まだ頑張れると思うんだよなぁ。ほら、私も死なないように頑張ってるから」


そして、急所をはずしながら、剣で皮を薄く切る。


「…殺、セ」

「ん?なんか言った?」


一旦手を止めて、相手に向き直る。


「こ、ろせ!」


相手の話を聞く姿勢に希望を持ったのか、そいつはおそらく最期の力を振り絞って叫んだ。


「…そっか。そっかーそっかー。殺して欲しいのか-」


でも―――


「ごめんねー。残念なんだけど、私はまだ殺したくないんだー」


そして、またニコリと笑みを作る。


「私、まだ全然満足してないからさ」


その笑みはどこまでも日常的な無垢な笑顔で。

非日常のここの景色には、とても不釣り合いだった。


「ひっ」


そいつの顔が、恐怖で歪む。

まるで、バケモノでも見るように。


いや、そいつだけじゃない。

きっと俺もそんな顔をしてるだろう。

その光景を見たやつらは、きっと全員。


「ひどいなー、その目」


また剣を構える。


「それじゃあ、ぱーと2行っくよ-」


その時。


「やめてください」


勝手に体が動いていた。

レーゼの腕を掴む。


「なんで止めるの?」


案の定、レーゼは不満そうに頬を膨らます。


「…多くの仲間が死にました。相手も大きな傷を負ってます。退却しましょう」


良い言い訳が見つからず、もう口に任せる。

でも、そんな言い訳でも納得はしたのか、渋々といったように腕の力を抜いた。


「ちぇー、つまんないの」


そう言って、いたぶっていた敵の首を一気に刎ねる。

血しぶきが舞い、辺りに散らす。

そのいくつかが、俺に飛んだ。


「仕方ない、退却しようか」







「…地獄だったな」


生き残った仲間の一人がそう言った。


「ああ、そうだな」


なんと返していいのか分からず、しかし沈黙を落とすのは躊躇われて、相づちを打つ。


あれから数時間後。

戻って来れたのは、レーゼや俺を含めて、ほんの数人だった。

もともと送り込まれた人数はそれほど多いわけではない。

でも、帰ってきた人数があまりにも少なすぎる。


この状態は、普通に敗北と言っても差し支えなかった。

でも―――


「大丈夫。また補給されるから。中央らへんにいる人たちが来るんじゃないかな」


レーゼはなんでもないようにそう言った。

世間話でもするように。


食料や物資が新たに届くのと同じように。


「っ!ふ、ざけんなよっ!」


仲間の一人が激高し、レーゼの胸ぐらを掴む。


「おい、やめろって」


止めようとするが、そいつは俺の手を振り払って叫ぶ。


「人はモノじゃねぇんだぞ!死んでった仲間は帰ってこない!その遺体すらも!」


再度伸ばしかけていた手が止まる。

その叫びに、自分の心も共鳴してしまっていたから。


「戦争だってのはわかってる!誰かが死んでくのも!でも、お前が敵いたぶってなけりゃ、その間に敵殺してれば、もっと早く退却してれば、あと何人かはここにいたんだよ!」


彼の言っていることは正しかった。

確かにレーゼがそうしていれば、ここにいる仲間の数はもう少し増えていただろう。

まぎれもない事実だ。

周りのやつらも、それを思ってか俯いたまんまだ。


でも、例え正論だとしても、それが相手に届くとは限らない。


「そうだね、そうかもしれない」

「っ!なら!」

「でも、だから何かな?」


レーゼは笑っていなかった。

作り物の笑みさえ浮かべていない。


「確かに私は仲間を見殺しにした。そこは私に非があるよ。でも、私たちは命のやりとりをしているんだ。自分の身は自分で守らなきゃ行けない。だけど、その人たちは自分の身を守れなかった。だから、死んだ。違うかな?」

「でも!」

「そんなに嫌なら、君が守ればよかったじゃないか。庇ってでも。自分が死にたくないなら、国の中央に立って戦争を止めれば良い。あるいは、私を殺して私の地位を奪うのでも」

「……」


その目は冷たく、俺たちのことを仲間だと言いながらも、まるで虫けらでも見ているようだった。


「……狂ってる」

「うん、よく言われるよ。でも仕方ない。戦争だから」


無茶苦茶な理論だ。

でも、俺たちはそれ以上なにも言えなかった。


だって、どれだけ言葉を尽くしたところで、彼女の心に届かせることは無理だと悟ってしまったから。













それから、短く、しかし体感的には永遠とも思える地獄がはじまった。


レーゼの言ったとおり、いなくなった分は新たに派遣されてきた兵士が補った。

しかし、繰り返される自滅覚悟の特攻で、毎回大半の兵士が死んでいった。


始めにレーゼを責め立てた兵士も、程なくして死んだ。

そして、いつの間にかこの部隊で一番の古株は、レーゼを除くと俺一人になっていた。


その頃になってくると、色々分かってくることがあった。


レーゼは基本的に朗らかで親しみやすい人柄だ。

笑みを絶やさず、コミュニケーション能力も高い。

実力も文句のつけどころがない。

日常でいえば、十分できた人物だ。


レーゼがおかしくなるのは、戦場に出てから。

こっからは、ただひたすら人をいたぶり、殺すようになる。

自分の命も仲間の命も危険にさらされるのも構わず、突っ走る。

とはいえ、理解はできなくとも、言葉は通じる。

理屈は理解してもらえるから、十分退却の条件がそろえば、ちゃんと納得してもらえる。


俺たちが唯一生き残るためにできることはそれぐらいだった。


あと、1、2話続きます。たぶん。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ