トイレに行く時もそうでない時も、コンロの火は消さないといけない〈二次創作〉
二次創作です。
※作者:鞠目 様 のホラー作品『トイレに行く時はコンロの火を消さないといけない』&現実恋愛作品『夢見れぬ者は夢見る者に恋をする』&ホラー作品『冷蔵庫の小さな怪』の計3作品の二次創作で、3作品のネタバレを含みますので、3作品が未読の方は必ずそちらからお読みください。
また、既読でもお時間が経ってしまっている方は、是非3作品を再読のうえ、ご覧ください。
●作者:鞠目 様 のホラー作品『トイレに行く時はコンロの火を消さないといけない』
https://ncode.syosetu.com/n2835hh/
●作者:鞠目 様 の現実恋愛作品『夢見れぬ者は夢見る者に恋をする』
https://ncode.syosetu.com/n8900gk/
●作者:鞠目 様 のホラー作品『冷蔵庫の小さな怪』
https://ncode.syosetu.com/n6376gj/
「意味わかんなすぎて泣きたい」
開いたままの口から、誰に言うでもない言葉がポロリと零れた。
あんまりにも意味が分からない、あり得ない、一体全体何がなんだか意味不明な状況に混乱していた。
もうどうしたらよいか分からなくて、涙が出そうだと思ったら本当に泣いてしまっていた。
自分の中で張り詰めている何かが少しでもマシになるならと、我慢せず、涙腺の元栓を全開にしていっぱい泣いた。
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、いつの間にか優しく背中をさする手があった。
自分よりも大きな体が気付けば横にあって、ついさっき、柔らかい肉が地面に叩きつけられたような鈍い音を外に響かせた張本人のおじさんがそこにいた。
「カップラーメン、2つ作れるだけのお湯はあるだろ?」
どう考えても謎な状況だった。
何をどうしたとか、謎すぎて訳が分からないまま、何故かテーブルにおじさんと向かい合わせで、無言で、ただひたすら麺をすすっていた。
「もう火をつけっぱなしにするなよ。じゃあおれ行くから」
窓からの風は少し冷たかった。
汁まで綺麗に完食したおじさんはつい先程と同様に、ごく自然な動作で窓から出て行った。
柔らかい肉が地面に叩きつけられたような鈍い音が、再び外に響いた。
あんまりにも意味の分からない、マジで信じられない、思い出したくもない、とても嫌な出来事だった。
嫌なものを何もかも全て忘れたくて、夜寝る前にキュンとするとってもとっても素敵な小説を読んだ。
そして幸せなことに、その物語を夢でも見た。
私の夢を一緒に見たいと言う、イケメンの獏。
紺のタキシードを着てふわり浮いている獏の彼。
朝起きれない私を起こしてくれて、家事までやってくれる。
まるで異世界恋愛の物語に登場する執事のように、優しくてカッコいい獏の彼。
想い合う彼と私。
朝起きたらカーテンと窓を開けるのが日課だ。
けれど、私はこの日、窓を開けることが出来なかった。
カーテンは片手で勢いよく、横に一気に引っ張っていつも通り開けた。
窓はどうしても開けることが出来なかった。
窓ガラスの向こう側、蛙かヤモリが壁にピタリ張り付くように、例のおじさんが外でガラスに張り付いていた。
「コンロの火は切っ」
窓越しでも聞こえるおじさんの言葉をぶったぎるように、カーテンを両手で勢いよく、横に一気に引っ張って閉めた。
「はぁ」
思わず口から溜め息が漏れる。
(……よし、気持ちを切り替えていこう)
両頬をパシンと叩き、カーテンと窓を開けることは潔く諦め、くるっと体ごと、部屋に向き直る。
「コンロの火は切ったか?」
……涙が出た。
何で? 何で? 何で? どうして?
私が何かした? 何にもしてないじゃん。
トイレだって、まだこれからなのに。
「コンロの火なんてつけてないじゃん! トイレだってまだ行ってない!」
泣きながら睨みながら、早くも嗚咽を漏らしながら、お前の出る幕じゃない、お前はお呼びじゃないと、怒気を込めておじさんに叫ぶ。
沸ふつ沸ふつ沸ふつっ……
これは私の頭の中じゃないリアルな音で、コンロの方向から湯が沸く音がする。
え、なんで?
「ははっ、今日はおれが沸かしておいた」
おじさんはいつの間にやら移動していて、慣れた手つきでマグカップを棚から出して、迷うことなくインスタントのコーンスープの素を引出しから取って、カップに入れた。2人分。
トトトトトッ……ポタ
やかんからそれぞれのカップに湯を注ぎ、流れるように淀みない動きで棚からスプーンを出し、カップの中身をそれぞれ混ぜる。
「ほら、さっさとトイレに行って、とっとと手と顔を洗って来い」
言われるがまま、トイレと洗面を済ませ、部屋に戻る。
コトリとテーブルに置かれたコーンスープ入りマグカップからは、それぞれ白い湯気がふわりと立ち昇っていた。
おじさんと私。
涙が出た。
執事は? イケメン執事は? イケメンの獏は?
おじさんと私、これは夢?
悲しいけれど夢じゃない。
常識的に考えて非現実だけれど、意味わかんないけど、悲しいかな、これは現実。
「コラ、あんまりボケーっとしていると冷めるぞ」
涙が止まらない。
「はぁー、まったく。お前もやっと危険性を認識したか。安心しろ、泣かなくていい。不安がらなくていいんだ。コンロの火ならちゃんとおれが切ったからな」
コンロの火コンロの火コンロの火何かにつけてコンロの火。
「ん、何か言ったか?」
何でこんなおっさんと朝っぱらから一緒にコーンスープを飲んで、コンロの火の会話までしなきゃならないのか。言い返したところで、どうせ昨日みたいに「黙れ」ってすぐ言われるに決まっている。
「なんでもない。独り言だから気にしないで」
「そうか」
そう言いながらなにかを察したのかおじさんは優しい笑顔を私に向けてきた。
こいつ、勘違いしやがって。
怒りで顔が真っ赤になってしまった。
「ん、何だ? 血圧上がってんのか? ほらお前、らっきょうでも食っとけ」
何で食卓にらっきょう? らっきょうが何でうちの冷蔵庫から出てくるの? このっ、冷蔵庫の裏切り者。寮に越して来る前にやっぱり処分しておくべきだったか。
怒りの矛先を急に自分に向けられて驚いたように、冷蔵庫がブルンと低く唸った気がした。
「もう火をつけっぱなしにするなよ。じゃあおれ行くから」
コーンスープを飲み終わったおじさんは立ち上がり、カーテンと窓を開けた。
「え、そもそも今日は私、コンロの火なんてつけてないし」
「黙れ! 細かいことはどうでもいいんだよ。なんだ、おれが帰るのが寂しいのか? 引き留めたいのか?」
「きもい。そんな訳ないじゃん。ここ四階だから、また死ぬって……あ…………」
窓からの風は少し生ぬるかった。
柔らかい肉が地面に叩きつけられたような鈍い音から想像させられる光景が、どんどん色濃く、より鮮明になる気がした。