「復讐するは我にあり(神宮大会1回戦)」
明治神宮秋季野球大会(高校の部)は全国11地区の地区大会を勝ち抜いてきた11校によるトーナメント戦だ。(現在は北海道と東北の代表校がプレーオフを行い10校)。
「ずいぶんといびつなトーナメント表だな。」
まず4校で1回戦を行い8校に絞ってからという感じ。しかもその4校に入ってしまったのだ。
「これは主将のくじ運に問題があるよな。」
伊波さんのクジ運の悪さに能登間さんが不平をもらす。
「なんでだよ。試合が増えたんだから、くじ運が良いだろ。活躍の場が増えたことを喜んでくれていいんだぜ。」
やれやれ、この議論は平行線だな。
「全国大会」のため吹部とチア部にも動員がかかる。
都連の試合では鳴り物(打楽器)の使用は全面禁止なのだが、この神宮大会は例外とされているのだ。
関東大会から2週間もない11月中旬の4日間の日程で開催される。
初戦の相手は夏の甲子園の2回戦で勝ちを収めた九州代表の上村学園だ。亜美との関係で女子野球部は全国一二を争う強豪であることは知っていた。
「男子も強いんだなぁ。」
俺が感心すると
「女子野球部を知っているやつの方が稀少やろ。例の彼女に聞かされてんの?」
「はあ、まあ。」
正式に彼女ではないけどそういうことにしておこう。
神宮球場は久しぶりだ。去年のシニアの選手権以来か。
「相手もうちに『リベンジ』だ、とか言ってんじゃないですかね。」
「あるにはあると思うがメンバーは替わってるからな。出てた相手は引退した3年生ばかりだし。」
それよりも気になるのが、準決勝で当たるかもしれない作人館高校だ。夏の甲子園で先輩たちが苦杯を喫した相手。2年バッテリーの九郎坂投手と熊野捕手も出場しており、あたればこちらが復讐する側である。
「やっぱ意識しますか?」
俺が尋ねると伊波さんは口を結んだまま頷く。替わって山鹿さんが答えた。
「相手が憎いということじゃないぞ。あの時、俺たちには何かできていたはずだったんだ。勝利をつかむためにやり損なったことをやるためにな。
俺たちが憎むのは相手チームじゃない。憎むべきああの時の俺たちの中にあった己の傲慢さと、そこから生じた怠慢さだ。納得できるプレーをするために俺たちは挑戦するんだ。それが真の復讐というものだ。」
さすがだな。ただ相手チームもそう立派だと良いんだけどね。
1回戦。こちらはエース中里さん。相手もエースの早房さん。左腕である。
相手は1から3番まで左打者を並べてきた。先頭打者はエース自ら務める。これも中里さんが下手投げだからだ。
球の出どころが見えにくいのがアンダースローの特徴だが、左打者からは丸見えともいえる。さらにカーブは打ちやすいのだ。そして、バッターボックスぎりぎりに立つ。こうすれば変化球がなげにくくなるのだ。
ただ、それくらいは中里さんも想定済みで、左打者対策でいつも山鹿さんか俺が練習相手をさせられていたのでよく知っている。高校№1左打者の呼び声高い山鹿さんを相手に毎日のように真剣勝負を繰り返しているのだ。
しかし、彼らの狙いはセーフティーバント。足でかき回す作戦だ。これは確か作人館が夏に使った手じゃないか。下手投げは投球モーションが他の投げ方より大きくなるため盗塁しやすいのだ。
早房さんはかなりの俊足で一塁をかけぬけると、何度か牽制球を投げたものの、盗塁警戒をかいくぐって即二盗。陸上競技でも行けそうなスタートダッシュだ。
続く2番は当然のようにバント。走者三進して当然こちらはスクイズ警戒。3番は右翼手泉雲さん。三塁手の伊波さんに行くか、一塁手の俺の方に来るか。うまく殺した三投間のゴロ。まんまと1点先制される。セーフティスクイズに近く一塁で打者走者をなんとか刺した。
ただ、中里さんを攻略したと言っても一点止まり。投手としての早房さんは打者をどう攻略してくるのだろうか。新球の「カットボール」だった。ややホップするように見えるスライダーでここ数年、プロでも使われ始めている。ジャイロ回転にバックスピンを加えるためにそう見えるのだ。
ストレートと見分けづらいため、決め球に使われると厄介だ。しかし、俺には見慣れた軌道だ。2S1Bから決め球のカットボールを打つ。右打席から放たれた当たりは左翼スタンドへ。
「あれだけ苦労して取った1点がねぇ。簡単に不意になっちゃったねぇ。」
伊波さんが中里さんに聞かせるように言った。
「そう考えると本塁打って理不尽だな。」
能登間さんも同意する。
「で、沢村。俺たちもあの球打てそうか?」




