ふてくされ王子とモッタイナイ留学生と。
胆沢がベンチに座り、肩のアイシングが施される様子を見ながら俺は左だけで投球練習する。ああ、ふてくされてる。俺が抑えても手柄を横取りされたように恨むし、負けたら負けたで勝ちを不意にされたともっと恨まれる。
ただ、思うんだ。前世の時は「ライバル」ですらなかった。今はこうして対等かそれ以上の立場で接することができる。あの時はやつのワガママを止めてくれる存在が一人もいなかった。でも今は違う。青学に来たことは俺にとってもこの世界の胆沢にとっても良かったんだな。さて、集中。
タイソンは再び柏手を打つと打席に入る。くそ、なんか日本らしいルーティーンでも踏んでんだろうか。
強打者を相手にする高揚感と恐怖感。こちとら社会人の強豪相手にバンバンやってきたんだよ、と言いたいが身体でかいからえらく近くに見える。ほんとに18.44m空いてんのかよ。
インコースに外れる4SBでのけぞらせアウトローに4SGを空振りさせる。すげえ空振り音。なんかしらんが、なぜこのレベルの打者が日本になんかいるんだよ?同じコースに4SB。全く同じ腕の振りで同じリリースポイントで速度が変わるのだが当ててきた。
「当てた」なんてもんじゃない。どえらいライナーでポールギリギリ。あぶねぇ。まあこれで2ストライク。山鹿さんのサインは開発途中のボールを要求するものだった。
フォークより浅めにはさむスプリットフィンガードファストボール。そのジャイロ版だ。まだ開発中のため、伊波さんや能登間さん、そして住居さんに打席に立ってもらうと
「縦スラやん。」
「縦スラだな。」
「縦スラですね。ただジャイロ回転だから縦スラより落差があるけどフォークまでじゃないかな。」
と、そこそこな評価だったのだ。
でも落ちる球はこの先どうしても必要になってくるので身につけたかったのだが。命中率アップの魔法をかけてなんとかしよう。
アウトよりに伸びたボールはタイソンの鋭いスイングをかわしてストンとおちた。
三振、バッターアウト、そして試合終了が宣告される。
ベンチをチラッと見ると胆沢が、凪沢や帯刀たちといい笑顔でハイタッチしてた。
整列して礼をした後、タイソンがたどたどしい日本語で話しかけてきた。俺が英語でいいよ、と応じるとボールをほめてくれた。俺もバッティングをほめると英語をほめられる。そういえば打席の前のあの一度手を打つルーティンはなぜ、と尋ねると意外な答えが返ってくる。
「きみは錬成陣無しの錬成を知らないの?」
「?」
(いったいオマエはナニをいってるんだ?)
俺の心の声が雄たけびをあげる。
「僕はこうやって心の中に勇気を錬成しているのさ、錬成陣無しでね。」
このタイソンさん。日本の漫画とアニメが好きすぎて親に無理を言って日本に留学に来たんだとか。俺が元ネタの漫画やアニメを見ていないと知ると心底悲しそうな顔をしてつぶやいた。
「モッタイナイ……。」
それはもうりっぱな日本語ですが。
「じゃあ甲子園で。」
笑顔で手を振り立ち去るタイソンさん。強面だったがなんつーギャップやねん。
「お前のフォークよりはずっと落差があったな。」
伊波さんが上手いことを言った。
「いやいや結構落ちてましたよ。」
「俺の好物だけどな。」
悪球打ちの名手に褒められて喜んでいいのだろう。この人が敵に回るであろうプロに入るまでは。




