準決勝と最後のチャンス(都市対抗野球準決勝)
亜美の髪留めに魔法付与する時に気をつけたことがある。「怯え」解除魔法はあまりしっかりとかけてはいけないということだ。「怯え解除」を最強にしたのが「凶戦士」もしくは「狂戦士」魔法。つまり「バーサーカー魔法」だ。やりすぎると今度は「怖い者知らず」になりすぎる。
だから一回の魔力量は微量にしておくべきだ。そして、回数をかけすぎると「依存症」になりやすい。その点は酒やたばこと似ているかもしれない。これは異世界の時にもすでに問題になっていた。
だから戦闘以外では禁魔になっていたのだ。だからおまじない程度にとどめなければいけない。
俺はベンチで緊張で顔がこわばっている大窪さんに声をかけた。
「どうしたんですか?今日本塁打打ったら求婚でもしそうな顔してますよ。」
肩がびくっとなる。まあチームの戦績だと都市対抗に毎年のように出場はしているがベスト4は久しぶりというか大窪さんとしては初めてだろう。とはいえ、彼が経験したはずの甲子園決勝戦に比べれば……、いや、結構人生がかかるとまた違った重みがあるのだろうか。
「リラックスしていきましょうよ。タイトルはこれだけじゃないんですよね。俺は最後ですけど。」
肩をポンとたたいてバットを取りに立ち上がる。その時、ついでに「怯え」を解除しておいた。
準決勝もなかなかの好ゲーム。1回裏。1死1塁から俺が右前安打。一塁三塁とする。さあ大将、出番でっせ。大窪さんの顔は落ち着きと自信にあふれていた。
大窪さんの打球はレフトスタンドに突き刺さる。3点本塁打。歓声と悲鳴の中ダイヤモンドを回る。
満面の笑顔のマスコットガールからぬいぐるみを受け取ると応援席に投げ込んだ。受け取る時に何かごにょごにょ言ってたからきっと後で君に大切な話がある、とかなんちゃら言ったのかな。俺の隣に座った幸福な男の顔を見てやろうと思ったらすぐ攻守交替になった。
3回表にTKDの4番、榊さんの本塁打で1点返されたものの、その裏こちらの1番小郡さんに2点本塁打がでて5対1と、そこまでは落ち着いて観ていられる試合展開だった。
しかし、5回表、6回表と1点づつ小刻みに点を返され5対3。ベンチの一番前に座るマスコットガールのお姉さんがクマのぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめた。やっぱ、ああいう幸せそうな女子ってかわいいよね。
ところが7回表、リリーフした岡村さんがつかまる。2死満塁で4番榊さんになんと満塁本塁打を浴びたのだ。一気に7対5と大逆転。満員のあちらさんの応援席が沸く。
俺もブルペンで軽く準備をはじめていたが監督から電話がかかってくる。
「沢村君、どうするよ?投げんでもいいよ。」
負ける局面なら、という配慮だろうがここは引っ込む場面じゃない。
「監督、俺は負けてても9回、なんなら8回途中からでもいきます。」
「ありがとう、すまんな。」
TKDの勢いはとまらない。いや、完全に呑まれていた。8回表、TKD7番の安倍さんにソロ本塁打を浴びて8対5。そしてヒットと四球で一死二塁一塁。ここで打順が先頭打者に返ったところで俺にお呼びがかかる。
「ピッチャー、沢村。背番号33。」
左で3球。右で3球。試投してマウンドの感触を確かめる。命中率アップ魔法を重ね掛け。1番は右打者なので左で。4SG外、カーブ内で緩急をつけて2ストライクをとり、外に2SGで空振り三振。
2番が左打者なので左で。外カーブ、見逃したがアウトロー一杯でストライク。次インハイ4SGで打者の身体を起こしてからアウトロー4SB。横軸回転のあとに同じ振りで通常の逆回転が来たら目がついていくまでに時間がかかるだろう。空振りの三振。
8回裏、こちらは三者凡退。なんとか俺まで打順をまわしてくれ!
9回、あちらは中軸登場。応援団も期待に胸をふくらます。ちなみに3人とも右打者。なので右投げでいきます。 3番の高田さんは補強選手。ジャイロとバックスピンのからくりに気づかないと難しいかも。三振。
ここで今日2本塁打の榊さん登場。応援団のボルテージは最高潮に。ボールになるカーブを振らせ、アウトローの4SGを見逃させ。もう一度アウトローに4SBで空振り三振。俺の顔を不思議そうに見た。今のどっちもストレートだった?って顔で。教えてあげないよ。
最後の打者5番の倉田さんも補強選手。さすがに1度もバットにかすらせずに、とはいかなかったが、最後は4SBで空振り三振を取る。
俺がベンチに戻るとコーチと握手。
「うわー、高校生相手に5連続三振とか恥ずかしい。」
小清水さんがおどけた。
「なんだ小清水、お前鏡に向かって言ってんのか?」
監督に怒られる。
そして9回裏、2死1塁。ついに俺に出番が回ってきた。




