上上下下左右左BA!?
相手打者が怪訝そうな顔をする。まあ昨日は左腕でしたからね。
ちなみにメジャーリーグの場合、両投げ投手、あるいは両打ち打者は打席(打者)のはじめごとに左右どちらかを決め、その打席(打者)の間は左右を変えられない規定になっている。両投げ投手対両打ち打者の対決で左右入れ替え合戦になってしまうのを防ぐためだ。
俺は肩への負担を軽くするためにはじめた両投げだが、肩を温める都合上、たいていは左なら左一本と決めていた。つまり「左の日」と「右の日」に分かれていたのだ。球数制限が緩くなっていくにつれ、完全な両投げに変更することになるだろう。
俺の場合、左は「技巧派」右は「本格派」という違ったタイプの投手なので、相手はというか相手の監督にとってはいやなタイプだろうな。
まず失点につながる飛球を上げさせないため、インハイの4SBで空振りを取る。ベルトラインからせりあがってくるように見える150km/hのインハイは結構怖いだろうな。
アウトローに2SGでもう一度空振りを取り、同じところに4SGで三球三振。多分この試合レベルで打てる選手はいないだろう。
最後の4番打者は意地でひっかけてイージーな遊ゴロで試合終了。来週の準決勝にコマを進めた。
「来週はついに……とうとう東京通運かぁ。」
「きゅ、9回までなんとかもたそうぜ。」
「そうだな。コールドになってたまるか。」
え、勝ち負けじゃなく目標はそこ?
「そりゃ『胸を借りる』というのがぴったりな相手だからな。できれば1軍半くらいで来てくんねーかな。」
次の土曜日。市営大宮球場。なんとケントがそこにいた。なんだか偉そうなおじさんたちと話をしている。邪魔しちゃ悪いよね。俺がそそくさと通り過ぎようとすると呼び止められた。
「健、こちらは野球連盟の会長さんだよ。僕の友人だ。」
「はじめまして。」
なんて自己紹介すりゃいいのよ。こんなところにいきなり社会人野球の頂点連れてくるなよ。
ケントは選手の怪我防止やトレーニング、さらには治療やリハビリなどの技術的なアドバイザーを務めているのだ。俺がしどろもどろになんとかあいさつする。
「彼が僕が言っていた『面白い』選手だよ。」
「ずいぶん若いね。」
「それはそうさ。なにしろ僕の学校の高校1年生だからね。」
そう言いながら貴賓室の方へと去っていく。
「健ちゃん、今の誰?」
新井さんが聞いてくる。誰って会長じゃん。そしてウチの学校の校長。
「うっわ、お客さんがいっぱいいるぞ!」
みんなキョロキョロしないで!清水さんが聞いてくる。企業チームの応援団は凝った応援をすることが多い。
「健ちゃん、大きい球場初めて?」
「いや、神宮(球場)で何度か試合してますけど。」
みんなびっくりしたような顔をする。まあリトルシニアの選手権が神宮で試合すんの大抵の人は知らんわな。
対戦相手である東京通運はまさに強豪。プロ野球選手を何十人と輩出している名門だ。そしてそれにたがわぬ風格がある。
そして打つわ打つわ。エースの新井さん、いきなり4点とられる。ただ新井さんより良い投手はいないから当然続投。投手も球が速い。140km/h台をどんどん投げてくる。よし、ストップ・ザ・コールドゲーム!
最初の打席は俺が高校1年生で15歳であることを知っているような甘い球。ご馳走様です。右翼上段に突き刺さる本塁打。10点差にならなければいいんだよね。
4回の第二打席。今度は高校生に大人の球を見せてやるといわんばかりのいいカーブ。そこからのアウトサイド。狙いよりちょっと高く入ったんだろうな。センターよりの右翼に2本目の本塁打。
6回の第3打席点差は9対2。打たないとコールドかも……。もう一度「本塁打セット魔法」をかけて臨む。二死ながら四球による走者が一塁に。さすがに高校生を敬遠できず真っ向勝負。その意気やよし!
多分今日一番のいい直球。ただ、低めはアッパースイングの餌食だよっ。高い軌道を描いた打球はバックスクリーンに。
7回から清水さんが継投したもののさらに2点追加され11対4。首の皮一枚つながる。シニアなら7点差でコールド成立だ。
ケントがわざわざ会長を連れて来たのには訳があるのだろう。俺を日本に呼び戻しクラブチームに放り込んだ目的が。ほな、ええとこみせたる。
8回、相手の打順が一番に帰ったところで俺が登板。相手は1番から4番まで左右左右のジグザグ打線。
1番を二ゴロ。2番打者を迎えた時、俺は審判にグラブを左手につけてアピール。つまり左から右投手にスイッチ。ここで観客がどよめく。両投げと気づいた人がいたのだ。結果左飛。3番の左打者相手に再び右にスイッチ。三振にしとめた。
9回は4番5番6番を三者連続三振。ジャイロとバックスピンの投げ分けができればアマチュア上位でも通用すると確認できた。この変態的な指の動きを支えているのはピアノによる指の鍛錬のおかげかも。まあ、魔法による制御もかかせないんだけどね。
そして、相手が左投手を抑えに起用してきたので俺は右打席に入った。




