「空を見上げて」
「健、草野球もいいもんだろう?」
5月も末、練習試合の帰り道で父親がふと呟くように言った。俺はうん、とだけ答える。俺はあれからなぜみんなが野球を楽しそうにやっているか興味が出て、試合中のベンチや練習の合間に話を聞いたりしていた。
チームメイトに恵まれなくてあっけなく終わってしまったり、バブル崩壊のあおりで所属していた企業チームが解散してしまったり、親の病気で進学をあきらめたり、チーム内のいじめでやめてしまったり。
事情は様々だけど、みんな子供の頃に憧れがあって、それに向かって努力して、報われることも報われないこともあった。途中であきらめたこともあった。ただそれでも野球が好きなことだけは変わらない。
「健、パパはきみのことが心配だったんだ。きみはずっと陽の当たる場所を歩いてきたから。今回の謹慎で立ち直れなかったらどうしようってね。でも、アメリカでしっかりと成長してきた。だから今度は別の心配をしてる。健が自分をなにか特別な人間だと勘違いしてしまったらどうしよう、ってね。」
なるほど。父の言うことももっともだと思う。ただ俺は前世ではずっと「日陰」を歩いて来たんだ。だからこそ今はその陽射しに感謝している。
「それはないかな。昔ケントに言われたことがあるよ。キミの力は『特別』なんかじゃない、『特殊』なだけだってね。」
これは異世界で『先導者』であるケントに引き合わされた時に最初にチーム全員に言われた言葉だ。勇者として集団転移した個体は単独で勇者足りえない。だからこそ強い絆で結ばれたチームワークが必要なのだと。
だから俺たちに与えられた力は一人でなんでもできる「特別」なものじゃなくてみんなで力と心を一つに合わせて初めて発揮される「特殊」なものなのだと。だから他人を「押しのけて」誇るのではなく、他人を「補って」こそ誇るのだと。
野球も、いや人生だって一人きりで成立する試合ではないのだ。
「さすがはケント先生だね。それならいいんだ。ただ、パパとママにとってはキミと美咲が『特別』な存在だ。それだけは忘れないでね。」
そういえば前世の親父とはこんな話をしたことがなかったよなぁ。いや、きっと思いは変わらなかったに違いない。
7月を目前とした週末、今日は雨で室内練習であった。室内練習場といっても養鶏場の跡地を改造したものだったりする。7月からいよいよ「都市対抗」の予選が始まるのだ。初戦の相手も決まり練習にも熱が入る。
「そういえば健ちゃんは球速どれくらいなの?」
新井さんに次ぐチームの第二先発の清水さんに聞かれる。
「いや、計ったことないんで。」
アカデミーでも青学でも練習にスピードガンの使用は禁止されていたのだ。球速を出すために無理をしないための措置である。だから青学でも試合の時だけ計測し、試合後に結果を聞くことができた。
俺は興味がないので聞いたことがなかったのだ。打たれなければいいだけで球速なんてただの目安に過ぎない。
「緩急に差があればいいって話じゃないんですか?」
でも投手陣のみなさん興味津々のようです。
「ほら、投手にとってスピードはチ●コのでかさみたいなもんだし。」
と、エースの新井さん。
あれ、打者編の時もそんなことあったな。
「じゃあ変化球はどうなるんですか?」
「そりゃ『体位のバリエーション』でしょ。」
女性や子どもがいないとすぐに下ネタにもっていこうとする。まあ無下に断る必要もないし肩も温まっているのでいいか。ただこれは「パンドラの箱」なんだよな。
「行きますよー。じゃあ左から。」
捕手で主将の関口さんを座らせる。ジャイロよりバックスピンの方が球速が出るか。ゆったりとしたワインドアップから8割の力で投げてみる。
「おお。」
みんながどよめくので結果を聞くと
「お前興味ないって言ってなかった?」
といじってくる。なんだよ、ケチ。
「じゃあいいです。次、右行きまーす。」
パーンというミットにボールが収まる音も雨の日には湿ったように聞こえる。
「まじか?機械壊れてんじゃねーの。」
「やだよ、それじゃ俺がもっと遅くなっちまうだろ。」
俺が観に行くと画面には「150km/h」の表示が。
「さすがにこれは盛ってんじゃないんですか?」
そう、全力投球してないしな。
「だよなぁ。ちなみに左は145km/hだったぞ。」
ウエイトトレ始めて1年経ってないが結構伸びるもんだな。あれ、ちょっと清水さんがへこんでる。
「俺なんてあんなに頑張ってんのに135km/hなのに。」
アマチュアなら十分すぎるって。えーと、ここは下ネタで……。
「し、清水さん。女は後背位からガンガン突けばいいってもんじゃないですから……。」
やっぱり例えが悪かったか……。
「ど、童貞に慰められたぁああ。」
いやいや、先に下ネタ振ったのお二人でしょうが!それに俺は……。そうか、前世の分はノーカンですよね。はい、「実質上」童貞です。




