決勝戦前の非常事態
初回のこちらの攻撃は相手投手のクセ球に対応できず三者凡退だった。先発の胆沢も順調な滑り出しを見せる。
試合は早くも2回から動き出す。4番胆沢にソロ本塁打。一方、5番に入った相手投手にも本塁打を打たれ、すぐに同点に戻される。
「俺一人に野球させてんじゃねえぞ。」
ありがたい主将胆沢の檄に発奮したのか3回、下位打線からだったが四球とバントで一死二塁から安武と小囃子が四球を選んで満塁。相手投手はクセ球というより荒れ球寄りになっていた。
二人の後輩がニヤニヤしながらこちらを見ている。見せ場を作りましたよって顔でプレッシャーをかけよる。俺はカウンタースキル、一撃魔法をさらに重ね掛け。
相手投手にとっては四球3つ出した満塁。しかも俺の後ろには前打席本塁打打たれた4番。当然のように相手が投じたのは「とりあえず」ストライクカウントが欲しい感じのインサイド。しかも高め。失投ではないが相手が悪い。カウンタースキルがいい具合にバットコントロールを助けバットの真っ芯がボールに食らいつく。コンパクトに力強くフォロースルーまで振り抜く。ボールは高く舞い上がり外野手は追うのをあきらめる。右中間スタンド上段に突き刺さる満塁本塁打。
あー、無茶苦茶ガッツポーズしてー。俺はにやけたいのをこらえヘルメットを深めにかぶってダイヤモンドを一周する。
ベンチで出迎えた後輩たちが
「沢村先輩なんか奢ってくださいよ。満塁本塁打記念に。」
ゴルフのホールインワンじゃあるまいし、そんな風習あったっけ?そのうち牛丼でも奢ってやるよ。並盛でな。
「ええっ?生タマは?」
「紅ショウガでも山盛りいれてろ。」
この回、胆沢のヒットと祐天寺のタイムリーでさらに1点追加し一気に6対1に。4回には安武にも一発。相手も1点返したが今の胆沢には十分な点差。5回からはエース投手をひっぱりだすも最終7回には小囃子にもダメ押し2ランがでて9対2。これにてコールドゲーム。3年と2年の中心戦力ががっちりかみ合った試合だった。
帰路、母から夕飯のリクエストを求められたので迷わずラーメンにした。
「『次郎系』じゃないやつで。」
と念を押す。母親は俺に関しては野菜をなるべく摂取させようとラーメンや焼きそばの時はキャベツやもやしなどを大量に投入するためスープやソースの味が薄まってしまうのだ。
明日の準備を済ましてベッドに入ってメールを確認する。亜美からだ。
「決勝進出おめ。高等部(男子部)の顧問が神宮に行ってスカウトがてら試合観てたって。健の本塁打が外国人選手みたいな球の飛び方してたって興奮してメールしてきた。来年は我が校のライバルなんですが、って返信したらどんよりしてて笑った。」
魔法をかけると、俺はなぜか投打ともにメジャーリーガーっぽいフォームになるらしい。
「ありがとう。あしたはよろしく。」
俺の告白はスルーかな?もう一度返信がある。
「あれの返事、明日の試合が終わったらするね。」
いやいや。あなたたちは試合が終わったら東京で遊ぶ予定だったでしょうが。
はあ。ドキドキして寝られそうもない。俺は久しぶりに深めに睡眠魔法をかけた。
運命の決勝当日。天気はどんよりとし、気温も蒸しはするが30度くらい。
試合開始1時間前、そろそろ監督に携帯を渡そうか、と思った時、頭の中に魔法の「救難信号」がなり響く。これは亜美に非常事態がおこったサイン。あのヘアピンからの信号だ。
携帯に着信がある。亜美の学校の高等部の香奈先輩だ。俺がでると
「沢村君?」
震える彼女の声。
「どうしました?事故とかじゃないですよね?」
「亜美が、亜美が……さらわれたの?」
はい?
「さらわれた」という単語を頭の中で反芻する。「皿割れた」とかじゃないよね。
「今どこですか?」
俺は場所を聞き出すとクラブハウスを飛び出した。
「沢村先輩?」
俺の緊迫した顔と勢いに驚いた後輩が声をかける。
「悪い、忘れ物した!」
とりあえず試合開始まで戻ればいい。
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