相談と告白と切られた火蓋(リトルシニア全国選手権準決勝)
こんな時になんだろう。夕飯前の時間に俺は亜美と待ち合わせて話を聞くことにした。
「ストーカー?」
聞けば学校に亜美宛に変な手紙を送りつけてくる人間がいるそうだ。青学の場合、ファンレターの類は学校側が管理しており、開封検閲された上、内容に差し障りのない手紙だけが一定期間をおいて選手に渡されるシステムになっている。
これはアマチュアとはいえ勝負事の世界である以上、悪い人間から選手を守る必要もある。あるいは男女関係問題など引き起こされても困るのだ。生徒の不安を煽るような「変な」手紙の類はその存在すら知らされないはずだ。
「私宛てと直接言われたわけじゃないけど、『そういうのも来ているので気をつけるように』って個人的に言われたんだよね。」
確かにそれだけ盛大に「臭わせれば」事実上気づけよという意味なのかもしれない。
「じゃあ夏休みは家に籠ってな。」
俺が笑いながらそう断定すると亜美は頬を膨らませて
「絶対にいやだ。」
と応酬した。ですよねぇ。
対策は多くはないが、外出は単独行動を極力控えることと、俺がプレゼントしたヘアピンをつけるよう勧めた。前者については理解できたが当然ながら後者については理解できないようだった。
実は特別なビーズで編まれていて「お守り」もかねている、という説明にだけとどめた。俺は亜美の頭、そのつけられたヘアピンに手をかざし「怯え」の解除魔法をかける。
「怯え」は「状態異常魔法」の一種で、かかると攻撃力や行動速度に制限がかかる。亜美の場合は魔法のせいではないがそういう状態にあるので解除したわけだ。
「ほんとだ。なんか気分が楽になってきた。」
心配なのでいくつか「支援魔法」をヘアピンに重ねがけすることにした。異世界で毎晩一日の終わりに、みんなの防具に付与していたよな。地味な魔法しか使えなかったけど毎晩それを続けた結果、魔力量は飛躍的に増大したのだ。ただどれだけ魔力量が増えても最期まで使える魔法は地味なままだったけどね。
「明後日の決勝戦さ、また先輩やルームメイトと応援に行くね。二人とも東京に遊びに行きたいから喜んでたよ。」
ありがとう、って言うか明日の準決も勝つ前提なのね。しかもお目当ては「東京」ですか?
「だってジュニア君来ないでしょ?」
やつもテニスの全国選手権近いからな。しかも個人戦では連覇かかっているし。二人で歩いているといつの間にか亜美の家の路地の前に。亜美が別れ際に言う。
「めんどくさい相談にのってくれてありがとう。明日の試合も頑張ってね。私の東京行きがかかっているんで。」
照れ隠しなんだろう。ここは一発決めてやろう。
「亜美の話にめんどくさいなんてもんはないよ。俺にとっては世界で一番大事なことだし。」
「え?」
「胆沢に亜美と一緒に大阪にいたことがばれた後に言われたんだ。亜美のどこがいいんだ、ってね。だから言ってやった。『俺は亜美が好きなんだ』ってね。だから心配すんな。俺は全力で亜美を守る。じゃあな。」
「う……うん。」
あー、言ってやったぜ。俺は亜美の反応を確認しないまま踵を返すと走り出す。一応、中身は通算35歳のオヤジなんだが、そのうち15歳までの「こども期間」が2回あるので、やってることが幼すぎるのは勘弁してほしい。大人になるには時間よりも「経験値」の方が重要なのだ。俺は全速力で自宅に戻る。まるで塁間走行練習のように。
準決勝の対戦相手は東京板橋。3回戦(準々決勝)で俺たちが以前対戦した奥州学院を降している。
「沢村先輩、神宮に着きましたよ。何目ぇ開けたまま寝てんスか?」」
勢い余ってやらかした告白の余韻でバスの中でボーっとしたままだったのだ。後輩に揺り動かされてはじめて我に返る。いかんいかん。こんなことでは。まだ2戦あるんだ。
去年同様、吹部やチア部もスタンドに応援に駆けつけてくれた。今日は先攻、つまりビジターになるため一塁側ベンチだ。ベンチに入る前に一礼する。ホーム側もさすがに地元東京のチームらしく大勢の応援客がつめかけていた。
先発は胆沢。まさに熱戦の火蓋が切って落とされる。
「沢村先輩、俺実は『火蓋を切る』って『厚切り叉焼』のことだってずっと思ってました。いや、爺ちゃんにそう騙されてました。」
帯刀が俺の隣で腕を組んで真面目な顏で言うもんだから思い切り噴いてしまった。
ああ『火豚』だと思ったのね。お前のせいでラーメン食いたくなってきたじゃねえか。




