僕たちのプライド。(リトルシニア全国選手権準々決勝)
準決勝の三鷹シニア戦は緊迫した試合運びになった。
先発の凪沢も相手チームのエースも全く譲らずスコアボードは0行進。
野球漫画ではよく対戦相手とグラウンドで会話していたりしているが、現実にそんなことはない。アマチュア野球の場合、八百長などの防止のためだと思われるが規則で相手ベンチを訪れてのあいさつ行為などは禁止されている。それゆえ演出なのである。
球場によってはダグアウトで会う場合もあるが、神宮球場は古い球場であるためベンチ裏のダグアウトがなく、ロッカールームはすぐ外にあるクラブハウスにある。そのため駐車場でもない限り、あるいは球場とクラブハウス間の通路に出待ちでもしていなければ相手には会わないだろう。大声やヤジで相手を威嚇するのも禁止だ。
たとえどれほど因縁がある相手でも言いたいことはプレーで語るしかないのだ。
三鷹シニアのプレーは素晴らしく連携がとれており完成度が高い。間違いなく現時点での俺たちよりは上手いだろう。
「なんだか『実力の違いを見せてやる』って感じだな。」
俺がベンチで思ったことをなんとなくつぶやくと小囃子は反応する。
「そういうつもりですよ。勝つことによって正しさを証明したいんですよ。あいつらは。」
後輩たちがもめたのは練習の方針だったという。練習の時間の長さ。なにに重点を置くか。長く続いた軍隊調のやり方の是非。2度の世界大会で優勝していた成功体験にもとづく強制的なやりかたに反発していたのだという。
というのもそのやり方でチームでいちばん頑張っていた彼らのチームメイトが故障で野球を辞めざるを得なくなってしまったのだ。
「チームの考え方が古いんですよ。そして頭が固すぎる。運が悪いとか偶然とかで済まそうとしたんですよ。俺たちはもっと信じることができる科学的なトレーニングに変えて欲しかったんですよ。」
効果的なトレーニングとは日進月歩の世界であり、試行錯誤の世界でもある。個人的に合う合わないもある。ただ名門ゆえの過去の「成功体験」への依存はわからないでもない。リトルにおける父母会の影響力はわりと大きい。父母会の協力がなければ試合はおろか練習もままならないことが多かったからだ。そして彼らは平気でチーム運営や監督コーチの方針に口をはさむ。「伝統」や「実績」を盾にされるとどうしても保守的、悪く言えば守旧的になってしまうだろう。
そんな「世代間対立」は「ゆとり世代」と呼ばれる新たな思考の子どもたちによって引き起こされたといえる。自分で考え判断するよう求められる教育方針は賛否あるが、この世代にとっては功罪の「功」の部分でもある。
試合は0対0のまま延長戦にもちこされる。こちらも6安打1四球と打ってはいるが得点まで至らず。この試合はこちらが先攻だったのでタイブレーク8回表。試合は規定に従って1アウト満塁の状態からプレーがスタートする。打順は2番小囃子から。
相手投手の「抑えたい」、そして小囃子の「打ちたい」という気迫がぶつかり合うのを感じる。打った打球は大きな中飛。三塁走者タッチアップから本塁生還で1点。なお二死3塁2塁。今日4度目の打席の俺。左打席に入る。緩急の差がつけられる投手で苦労させられたがデータは十分。速球をしっかりひきつけて右前に。打った瞬間にタッチアップしたがさすがに3点目は本塁で走者憤死で攻撃終了。
そして今大会初の登板が俺にまわってきた。凪沢が3安打に抑えてくれていたので7番からの下位打線スタート。下位と言っても名門チーム。かなりの圧がある。スクイズで一点返される。これは仕方ない。
ただ俺たちだって春の王者。つづくバッターには代打がでる。またそいつは目がいいのかカット、カットでよく粘る。フルカウントから5球粘られた。最後はアウトロー一杯に2Sジャイロで空振り三振。2対1で試合終了。
礼を交わしベンチに戻る。小囃子たちはかつての先輩たちと言葉を交わしたようだ。なんと言われたのか聞いてみたくもあったが彼らの浮かない表情を見ると聞かない方がよさそうだったのであえて聞かなかった。
「やっぱ俺ら、青学に来て正解でした。」
小囃子が吹っ切れたように言う。
「そうか。」
彼らの才能なら3年後にもきっと同じセリフを言ってくれるだろう。
その時メールに着信があった。亜美からだ。
「こんな時にごめん。少しの時間だけ話を聞いてほしい。家着いたら教えて。」
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