「勝っても焼肉食いそびれ」(リトルシニア全国選手権2回戦)
神宮球場は中々の客入りだった。やはり先輩たちの「甲子園初出場効果」なのだろうか。昔から日本人は「青田買い」自慢が好きなのだ。
「神宮なので横浜の祖父母が応援に来てくれるそうです。試合が終わったら一緒にランチ食べよう。」
母親からメール。
「チームでバス移動だからランチは無理かな。残念すぎだけど。」
あ、ちなみに俺が携帯を持てるのは寮生ではないからだ。寮生はもちろん禁止。
亜美も寮生なので普段は携帯は持てないため、寮の共用のパソコンのメールでやりとりしているのだ。(もっとも男子相手とメールなんてもっての他なので俺は「沢村香織」という名を使っている。「香織」というのは俺が生まれた時、女の子だった場合の名前の候補だったのだ。)
もちろんベンチに持ち込みは厳禁なので試合前に監督に預け、監督のロッカーにしまっておきます。
「沢村ー、打てよー!」
まったく知らないオッサンがフェンス越しに声をかけてくれる。
この大会で打線は安武からはじまる超攻撃型打順。
安武(左)、小囃子(右)、俺(両)、胆沢(右)といわゆるジグザグに強打者を並べるのだ。
今日の相手は信州松本、東海連盟の代表だ。
初回に打線爆発。先発した投手は二番手だった。昨日先発したエースに休養は必要なので仕方がないが、どうやらエースと控え投手の間に大きな実力の差があるだろう。打者一巡で6得点。交代した投手に1点でなんとかしのがれる。
しかも3回に俺の3ラン本塁打で10点差。一方的な試合展開になってしまった。ここでようやくエース登場。遅きに失した感じ。
胆沢も気持ちよく0点で抑えていたが、5回裏、思わぬ逆撃に遭ってしまう。左中間に抜かれそうな打球を名手古城が抑えるも内野安打。そこを足掛かりに3点を返されてしまう。
俺はタイムを取ってマウンドに。
「どうする胆沢?安武が投げたそうにこちらを見ている。マウンドをゆずりますか?ゆずりませんか?」
胆沢は俺の肩をグラブで押す。
「余計なお世話だ。すっこんでろ。」
「その意気だ。落ち着いていこう。あと(アウト)二つだ。」
檄が利いたのか次の打者を内野ゴロの併殺に。チームは10対3でコールド勝ちを収めた。
試合後メールが届く。
「次の試合にロッカー空けなきゃなんですぐにバスに移動予定。会えなくてゴメンと祖父ちゃん祖母ちゃんに伝えてくれ。」
と試合前に送ったメールの返信だ。
「爺ちゃんあんたのホームランに大興奮。喜んでたよ。母。」
「兄ちゃんのおかげで美味しいものがゴチになれそう。ありがとね。美咲。」
おーい……。打ったのは俺なのにぃぃぃ!食いはぐれるとか!神宮じゃこのあとどこに食いにいくんだろ?肉かな?寿司かな?埼玉の田舎育ちだからグルメな東京の情報をほぼ知らないことだけが救いであった。
隣に座る帯刀が不思議そうに俺を見ている。
「沢村先輩どうしたんすか?口をぱくぱくさせて。」
「ああ。俺は今脳内で焼肉を堪能しているところだ……。今日爺ちゃん婆ちゃんが応援に来てくれていたんだが、たぶん焼肉だったんだろうなぁ。」
「安上がりで良かったスね。」
帯刀は根っからの捕手脳なのはいいが、表現がダイレクトすぎる。むろん、まったく悪気はない。
「悪かったな。」
俺がすねて初めて慌てる。
「すんません。バカにしてるわけじゃないです。……でもあと3試合で卒団なんですよね、先輩たち。」
話題を変えてきたな。
「そ、来年は甲子園だから。」
そんなセリフが簡単にでてくるくらいには俺も成長したし、みんなも成長してきた。
「決勝前に負けるとか微塵も思っていなさそうなところが凄いんですが、次の対戦相手を知っていますか?」
前の座席にいた小囃子がこちらを向く。
「きっと三鷹シニアだろうな。関東予選は向こうが決勝で当たる前に負けてたからな。」
東京三鷹リトルシニアは過去何度も日本一になっている西東京でも名門中の名門だ。
「そしてもともと俺たちが行くはずだったシニアです。」
おいおい、去年の山鹿さんの横浜本牧シニアと同じような話じゃないだろうな。
「俺たちの場合は山鹿さんとは逆に上の世代とは反りが合わなかったんですよね。だから喧嘩別れに近いですかね。それに、三鷹シニアに見学も行ったんですけど、割と上下関係厳しくて、雰囲気が古いっていうか、だから完全にアメリカ方式の青学も面白いかなって。埼玉は田舎過ぎて野球に集中できるからいいよ、って勧められて。」
確かに人間には生理的に合う合わないがあるよな。しかし、地元をディスられてもまったく反論できないのがね。




