揺れ動く心と思い。(リトルシニア全国選手権1回戦)
「これ、俺と美咲から。」
俺は例の「虎柄Tシャツ」を渡したあともう一つプレゼントを渡す。それは野球ボールを模したビーズで作ったヘアピン。俺が材料費を出し、美咲が作ったものだ。監修は母上。
「ありがとう。美咲ちゃんって手芸もすごい上手だね。これ、試合の時とかつけたら気合い入りそう。」
まぁ母上の監修ゆえだがな。
実は俺が魔法付与している。俺が胆沢に対して亜美への好意を公言した以上、「魔王の欠片」が発動、暴走した時に彼女を害する可能性が生じたと考えたからだ。そして、亜美の話を聞いてさらに危機を増したと感じたのだ。
そのヘアピンには危機に面した時に自動発動する「幸運値アップ」の魔法が込められているのだ。その他にも救難信号のような仕組みも。
さて、新二年生の台頭もあり、夏の関東連盟予選は無事に優勝することができた。
高等部も山鹿世代を迎え「日本チャンピオン世代」が予選の台風の目になることは間違いなかった。
県内は私立が強豪校であり、春日部共明高校、浦和学園高校、立花正晴高校、そして亜美が通う彩栄学院高校、それが「四天王」であり、そこに青学が殴りこむ形になる。
4月から高等部に入った1年生の中にも有能な選手が集まってきており、俺たち3年のなかでは他の高校に行った方がいいのではないかというメンバーもいる。これはこれで仕方がない。黄金世代に「引力」があるのは間違いないのだ。
ただ、その認識は「公然の秘密」であり言って良いものではないことを知るにはある程度の人生経験を要求するものだ。
「やっぱ『山鹿世代』、『沢村世代』は凄いなぁと思う。」
ミーティングで不意に放たれた安武の発言に俺は青ざめる。一瞬、物理的に口を塞いでやろうかと思ってしまったほどだ。
彼は空気を読めないわけじゃない。あえて読まなかったのだ。主将の胆沢に忖度するあまり何も言おうとしない他の部員に喝を入れたかったのかもしれない。
俺は終わった後彼をたしなめた。
「安武、お前そんなこと他所でも言ってないだろうな。」
「なんでですか?別に変なことじゃないでしょう。今の3年、いや今のチーム全体の要は沢村先輩で間違いないです。俺たち下級生は誰でもそう思ってますよ。」
「主将は胆沢だ。あいつが不快に思うといけないからもう言うなよ。」
俺には中里先輩の苦い記憶が蘇る。俺に対する無用な気遣いで後輩たちを危険にさらしたくはないのだ。
「べつに事実なのに不快に思います?俺は選手としての優劣を言ってるわけじゃないっす。まあ、先輩がそう言うならやめておきますけど。沢村先輩の自己評価低すぎんのは正直言って俺はよくないと思いますよ。もう謙遜じゃなくて嫌味レベルですもん。」
おそらく彼が本当に言いたかったのはこっちか。
「ありがとな、気を遣ってくれて。ただ俺は胆沢とは付き合い長いから。」
「その割に胆沢先輩が亜美さん好きな事は知らんかったんすね。」
俺はそこで黙ってしまった。いや、胆沢の俺に対する憎しみの根底である「嫉妬心」に亜美がからんでいることにようやく気付いたからだ。やつの本気度ははかりかねるがリトル時代、チームのマスコット……アイドルだった亜美を彼女にするということは彼の欲する「求心力」に不可欠だったのかもしれない。彼女が誰にもなびかなければそれはそれでよかったが、いまや俺が「盗んだ」ことになるのだろうか。
前年県予選ベスト8で終わった高等部だがついに甲子園初出場を決めた。連日テレビ局が取材にやってきたりと甲子園ブランドの凄さを思いしらされた。青学はいわゆる「ゆとり教育」の成果の最たるものものとして扱われていたのだ。
俺たちは先輩たちの快挙に士気も高らかに全国選手権大会に臨んだ。
1回戦の相手は奈良平城。強打線で関西予選を上がってきたチームだ。
初回裏、俺の2ラン本塁打から始まっての乱打戦。次の回には相手が2点取り返し、こちらも負けじとさらに次の回に2点取りと互いに10安打以上打ちあった。エースの凪沢が不安定なこともあったがなんとか7対4と優位に進めてきた。
そして相手の6回の攻撃の終了で試合終了。大会規定で試合時間が2時間経過したらその回の攻撃終了とともに試合終了になったのだ。
春の大会の投高打低っぷりに先輩たちが打撃を指導してくれた成果が早くも出始めた。
明日は早くも神宮球場。なんだかテンション上がってきたぁ。




