誓いあう二人。(リトルシニア選抜大会準決勝)
準決勝の日。亜美はここで予定終了のため新幹線で帰る。その前に少し二人で早起きしての早朝デート。
「いろいろ妹に付き合わさせてしまって悪かったな。ありがとう。美咲のやつがあんなに楽しそうにしてるのを久しぶりに見たよ。」
「こっちこそ初日から応援に行けなくてゴメン。結局は2試合しか応援できなかったし。」
「そんなことないよ。亜美が近くにいてくれてるんだなって思えるだけですごく力になったから。」
俺が言うと「そうかな」ってつぶやくように空を見上げる。
「ほんとは怖かったんだ。トップの舞台で楽しそうにやってるあんたを見たら嫉妬しちゃいそうなんだもん。なんで私は女なんだろうって。あのグラウンドの中にどうして私はいられないんだろう。」
生まれ持った野球のセンスは俺以上だろうに、肉体と言う器が女性だったゆえの悲劇なのか。俺は不安に襲われる。
「亜美、野球やめたりしないよな?」
「なんで?」
亜美の眼は悔しそうだったが悲しそうなものではなかった。
「私、次のワールドカップ、絶対日本代表に入るから。だから次はお土産買って来てあげるね。開催地は台湾だけど。」
亜美は教えてくれた。去年のワールドカップは日程の関係で高校生のみで代表が構成されたが、その壮行試合で4安打1本塁打を打って中学生でなければ、と関係者にため息をつかせたという。
やれやれ。とんだお節介だったか。
「そろそろ朝食の時間じゃない?春夏連覇、頑張って!」
まだ低い朝の陽射しに照らされた亜美の姿がとても印象的だった。
「すまんな。谷間世代なんでプレッシャーに弱いんだよ。」
後輩たちの猛チャージにびびってる場合じゃない。俺にはまだ倒すべき相手がいる。下克上はまだ始まったばかり。リトルシニアを制したところでたかが日本の4分の1だ。ボーイズリーグや軟式野球にはまだ見ぬ強敵がゴロゴロしているはずなのだ。
準決勝。相手は和歌山の海南。関西連盟のチーム。絶対的なエースも主軸打者もいないが全員が打って投げて守れるという総合力の高いチームだ。それがチームの方針なのか「全員がヒーロー!全員野球!」という横断幕がかかっていた。
今日もメイン会場の舞洲球場。春の桜の時期の荒れた天気だった。
「えげつない風が吹くって爺ちゃんがよくいってました。」
安武の情報に監督もうなずく。舞洲球場はベイエリアにあるため、いわゆる「浜風」がひどい日があるのだろう。バッテリーにはあまり飛球をあげさせるな、と指示を出していた。
それは相手チームも同意見のようで徹底的に低め低めに配球を集めていく。捕手の祐天寺は山鹿さん譲りの丁寧なリードと胆沢もそれにこたえて両チーム無得点が続く。相手投手も2回で替わっていく。ペース配分なく全力投球しても次々と代わりが出てくるまさに全員野球だ。さらには投手力の弱さを打力でカバーするスタイルであり実際、これまで3試合で16得点の強打のチームだ。
胆沢も風のせいでポテンヒットが何本か打たれたもののなんとか抑えている。俺も最初の打席でホームラン性の当たりが失速してファールに終わるなど不運が続く。運が悪いな。……運。思い出せば「魔王の欠片」対策に運気の上昇スキルがあったはず。試しにやってみるか。
4回、2死無走者。俺は一撃魔法に幸運上昇を重ねがけ。内角低めの速球を掬い上げるように打つ。高く上がった球。レフト方向に切れるか、そう思った時、唸り声のような音を立てた一陣の風が吹き抜ける。それはボールを押し戻すとポールを巻くようにスタンドに入る。あ、今の入ったかな?切れたかな?
球審が三塁塁審を指さしてジャッジを要求する。塁審は人差し指を立ててくるくると回した。
「本塁打!」
幸運!いや、まさにそれ。そしてそれが決勝点となり胆沢も完封でしめた。
俺たちは試合と昼食の後、外出の許可が出たので凪沢やチームの1年生たちと土産を買いに行った。道案内がいてくれて捗りそうだ。
ま、亜美への土産は決まっているので時間かからないからな。
「え、まさかそれを亜美さんに着せる気ですか?」
案内役の安武がどんびきする。勇ましい虎の顔がばばーんと背中と前身ごろにプリントされたTシャツだ。
「安心しろ。去年はヒョウのやつをやった。」
まじスか……都内で育った彼の理解の範疇を超えたようで絶句していた。
「いや、これはきっと沢村先輩が亜美さんがたとえ『おばさんになっても』愛し続けるという決意表明なんじゃないのか?」
帯刀、古い歌をよく知ってるな?フォローはありがたいがさすがにそれはちょっと「重い」わ。




