バレてもひるむより開き直れルのは人生2周目だから。
「ひ⋯⋯人違い⋯⋯やで。」
ごまかそうとする亜美。残念だが語尾だけつけても大阪弁にはならない。
「おお、龍司君。久しぶりだね。今日は古豪相手にコールド、見事な試合だったね。」
リトルから一緒なので当然家族とも面識がある。ごまかされるわけない。とりあえず親父がフォローしてくれた。
「⋯⋯うす。」
しかも後輩は例の世界チャンプ三羽烏。
「元深谷リトルの松崎亜美選手ですよね。僕、三鷹リトルだった安武って言います。何度か対戦したことあって亜美さんにもヒット打たれました。打球が鋭くてびっくりしました。」
「僕もこいつと同じリトル出身の小囃子って言います。二塁手やってます。亜美さんすごい守備上手いですよね。今度ぜひ僕にコーチしてください。」
帯刀が呆れたように二人を見ている。亜美も突然の事態に目を白黒させている。
「握手してください。」
「は⋯⋯はい。」
三人は嬉しそうに亜美と握手をし、一緒に写真に収まる。
「おい、行くぞ。」
胆沢に促されて名残り惜しそうに去っていった。
「すごい。お姉ちゃんアイドルみたい。」
美咲が感心している。
「う⋯⋯うん。」
亜美はどちらかといえば胆沢にいちばん悪いタイミングで遭遇したことにショックを受けているようだった。
「まあ『人の噂も75日』って言うしあんまり気にすんなって。」
俺も「他人事」のように亜美を慰めたが、いちばんヤバいの俺じゃんね。
なんて口裏合わせればいいか、後で亜美と少し相談するか。
翌日は準々決勝。相手は奥州学院。青学と同じ中高一貫校で、東北連盟では強豪だ。高等部は新鋭ながらすでに甲子園に三度出場を果たしている。甲子園でもライバルになるかもしれない。みんな、気合いを入れていくぞ。
「やっぱり亜美さんとは付き合ってるんですか?」
おーい。話聴いてるか?1年坊。今日の試合はメイン会場である「舞洲スタジアム」。「埋め立て地」に建てられた球場のため宿舎からバスに乗る時間が長い。
「友達以上彼女未満だ、以下恋話禁止。」
俺が質問を先輩の特権でシャットアウトすると小囃子たちは不満そうだ。
「青学の校風と合わない発言はダメっすよ先輩。一緒に旅行来ちゃうとか家族公認じゃないですか?」
しつこく食い下がる。
「友人としてはな。ぶっちゃっけ幼馴染みだ。」
「彼女、顔ちっちゃくて可愛いですよね。」
「身長があるからな。ちなみに言いふらすと漏れ無く亜美に嫌われるので注意するように。ちなみにお前たちにはくれてやらんからな。」
「うわー、まだ恋人じゃないって言ったの先輩じゃないスかぁ。彼氏面はやめてくださいよ。」
だいたいこれから大一番なんだから少しは緊張しろよ。よくよく考えてみればこいつら世界チャンプだったわ。ああこれだから俺たちは「谷間世代」なんだよ。下克上を達成したつもりが今度は下から突き上げられるという現実。
奥州学院の選手たちはこちらを意識してる感じが伝わってくる。なにしろ俺たち前年覇者ですから。え、俺たちじゃない?帯刀たちが相手チームと談笑してるよ。
話によると「転校生」が多いチームらしい。特に地方のリトルシニアやボーイズの有力選手に声をかけて集めているらしい。高校野球では「転校」するとやむを得ない事情でない限り対外試合1年出場禁止になるルール。だからこそ中高一貫で早いうちから全国から良い選手を集めるのだ。甲子園出場は今でも私学にとっては「広告」としては最高のコンテンツなのである。まあうちの学校も似たようなものなので悪いとは言わない。
試合開始。フィールドに選手たちが散っていく。凪沢先発で左翼に入る胆沢が珍しく追い抜きざまに俺に声をかけた。三塁手の俺と方向が一緒なのだ。
「沢村、お前《《あんな》》女が好きなのか?黒くてデカいのがよ。」
俺はイラつきを顔に出さないようにするのが精一杯だった。
「うるせーな。昔からお前とは女の好みがあったことなんてねーだろーが。」
俺が後ろから声をかけると無反応に見えたが表情が見えないのでわからない。
亜美の良さがあいつにわかるはずがない。野球が好きで、女性に生まれたというだけで甲子園にも行けないしプロ選手にもなれない。そんな理不尽な矛盾に身を焦がしながらもひたむきに野球に打ち込んでいる。
前世でも現世でも俺がいちばん辛い「下積み」の時代をなんとかやってこれたのは間違いなく彼女のおかげなのだ。クラムジーで選手生命が断たれそうな危険があったって励ましてくれた。
「あんたは今なんとか我慢して頑張れば『甲子園』だっていけるよ。私がどんなに頑張っても行けないのと違ってさ。」
涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら励ましてくれた日を俺は忘れない。
そう、亜美の良さは俺にだけわかればいい。誰にも教えてなんかやるもんか。




