「打線爆発、大逆転からの……」(リトルシニア選抜大会3回戦)
これまでの2試合は「投手戦」だった。他のチームからは夏の選手権を制した先発二人と抑えの俺がそっくりそのまま残っているので「投手力」のチームと見做されている。
今日の3回戦は昼からのスタートだった。スタンドの客はまばらで大抵は選手の関係者が多い。甲子園の高校野球の全国選抜大会と日程が被っている以上仕方ないことでもある。
今日はあの観客の中に亜美もいるんだなぁと思うと少しにやけてしまう。応援なんてどうでもいいと言うのは建前に過ぎなかったことに今更ながら気付く。後でばあちゃんにもお礼の電話でもしておこう。全国大会の時は遠征にあたって費用も結構援助してもらっているんだよね。
「沢村先輩、もしかして家族が応援に来てるんスか?」
いつもと違う空気を俺に感じたのか1年レギュラー二塁手の小囃子美弦が声をかける。
「そだな。観光のついでだがな。」
彼は東京三鷹というリトルリーグの出身で前年の夏のリトルの世界選手権を制覇した逸材だ。同じチームの投手安武景虎、捕手の帯刀一矢も一緒に青学へ進学している。俺たち2年生を「谷間世代」呼ばわりさせるもう一方の元凶なのだが本人たちは普通に俺を先輩として慕ってくれている。正直言ってかわいい。
「もしかして彼女ですか?羨ましいなぁ。」
安武もからんでくる。
「妹だ。ほぅら、相手チームがお前たち『世界チャンプ』を睨んでるよー。」
俺は話をそらす。
試合の相手は千葉幕張。千葉県のチームだ。OBにプロ野球選手も複数輩出すているという名門かつ古豪。強打で鳴らすチームで秋の大会では青学はこのチーム相手に大敗を喫している。まぁ俺はクラムジーのせいで不出場だったので苦手意識があるわけじゃない。
先発は胆沢。先回負けた時も先発していたので正直「リベンジ」する気マンマンのようだ。そして相手チームの先発がエースではなく2番手ピッチャーだったのが彼の気に障ったようだ。
「なめやがって。みんな、今日はリベンジだ。」
円陣でも胆沢は鼻息が荒い。
いや最近は先発はエース一本という方が珍しいでしょうよ。ただ前回の大敗で少なくとも下に見られているのは間違いない。力むなよ、胆沢。
と、言うのもつかの間、また四球を連発して最初の2回で4点献上。ただし、反撃は2回裏のこちらから。
「問題ないです。今日は沢村先輩いるんで全く負ける気しねぇっスね。」
打撃不振のため打順を大幅に組み替えたチーム。5番に入った小囃子からだ。いきなり二塁打。続く1ゴロで三進。7番古城の適時打で1点。さらに盗塁。相手チームの悪送球で三進。さらに適時打で1点。
チームが2点返してようやく胆沢から力みが消え、本来の投球を取り戻して以降は無失点。3回には俺の二塁打から、4番胆沢が仕事して適時打で1点差。
1点差にした4回はこちらのビッグイニングになる。7番古城からはじまって5点をあげて一気に逆転。8対4とまさに点差をひっくり返した。5回には前日投げたばかりの相手チームのエースを引っ張りだす。そして6回2死、走者二塁一塁に置いてバッター俺。
亜美、見てろよ。予測通りの軌道の直球を弾き返すと打球は右中間スタンドへ。これで7点差のコールドゲームで試合終了。見事に「リベンジ」を果たした。
バスで宿舎に直帰だった俺とは別に家族は大阪観光してから戻ってきた。宿舎近くのファミレスで夕食だった。
「試合は面白かった?」
俺は妹の美咲に聞いてみた。美咲はうん、とだけ答える。せっかく勝ったけどやっぱり伝わらないというか。俺に親を独占されているように感じてるのかなぁ。
「4点差ひっくり返して最後コールドまで持ち込んだから面白かったよ。健の本塁打も見れたし。ジョニーズより野球が上手くてびっくりしてたよね。」
亜美がフォローする。
そうか、そういえばアイドルが毎年野球大会やってたんだっけ。「中の人」の時代は「少年隊」か「シブガキ隊」くらいまでだったなぁ。野球部でも振り付け真似してラジカセに合わせて踊ってるやついたよなぁ。⋯⋯胆沢(昭和の)だ。
現世の俺はテレビなぞ見る暇もないため興味もなかったが。立場を変えれば俺がジョニーズのコンサートに連れて行かれて楽しいか、と言われるとそれほど楽しめないだろうなぁ。
食事が終わって別れぎわ、亜美にとって最悪の事態が訪れる。
「あれ、松崎?」
散歩する胆沢と後輩メンバーたちが俺たち家族と一緒にいる亜美と遭遇してしまったのだ。




