新体制といきなりのピンチ。
お盆明け。最初の合同練習。3年生が卒団のあいさつをし、リトルリーグを卒団して正式にリトルシニアに加入した1年のあいさつと抱負を聞き、新しいチームの発足を祝い、1年間の健闘を誓った。
「春夏連覇という偉業を達成したことにより、我々は追われる立場になった。だが、常に挑戦者であることを肝に銘じておくように。」
さあここで新主将になった俺のあいさつか。先輩たちにも原稿をチェックしてもらったし、「かみかみ」にならんよう練習もしたし、ドンと来いってもんだ。
俺が覚悟に一人身を引き締めていると監督が意外な発言をする。
「えー、これまで新しい主将は3年生と監督で決めていたが、父母会の方から自分たちの主将は自分たちに選ばせてみてはどうか、ということになった。帰りに投票用紙を配るので今日中に私のデスクの上にある投票箱に入れておくように。」
……あれ?投票用紙には夏の大会でベンチ入りした8人の名前があり、当然俺の名前も入っていたのだが。
翌々日の合同練習。監督の発表に俺は耳を疑った。
「投票の結果、新主将は胆沢龍司に決まった。じゃあ胆沢、あいさつをしてくれ。」
まあショックというよりはホッとした感の方が強い。俺は性格的にボスタイプよりも参謀タイプだからだ。でも自分を変えるきっかけにしたかったんだけどなぁ。
決まったことは決まったことなので切り替えていけばいい。
背番号1も当然胆沢が譲りうけることになり、凪沢は10番になった。打撃があまり芳しくないのが彼の弱点ではある。
「もともと中里先輩からの預かりもんだしね。俺もほっとしたよ。」
凪沢はそう言って笑ったがやはり少し悔しそうだった。
「大学野球は『10』がキャプテンナンバーなんだし気にすんな。」
「そうだな。」
俺の半分ふざけた慰めに凪沢は少しだけ笑った。
俺は三塁手に転向、背番号が5に変わった。というのも俺がリリーフに入った時に一塁の守備を担当していた同級の小峠祐佐が正式に一塁手になったからだ。小峠は左投げなので一塁しか守れないのだ。それで俺は一塁の次に守備の負担が軽い三塁へ。
伊波さんが俺に直々に三塁守備を教えてやるとウッキウキになっていて笑った。
夏を制した先発二人がそっくりそのまま残留したので投手力には問題ないが、問題は打線だった。9月の支部秋季大会、4番に入ったのは胆沢だった。
1年生は黄金世代の活躍に憧れてやってきたリトルリーグで優秀な成績を収めた連中ばかりなので頼もしいが、引っ張っていく俺たち2年生の方に不安がありそうだ。すでに「谷間の世代」なんて言われはじめている。
そして俺の身体が不調にみまわれたのだ。それは突然訪れる。三塁守備でいきなりこけたのだ。身体にわきおこる違和感。俺の身体が言うこと聞かない?
送球が逸れる。狙ったところに球がいかない?
しばらくの間、手足がバラバラになったような感覚に苛まれる。
それは1日30分か1時間くらい夕方に俺を襲う。俺は野球の合同練習を休むことにした。
幸い、原因はすぐに判明した。すぐに併設の医療センターに連れて行かれケントの診察を受けたのだ。
「健、今の君の身長はいくつだい?」
もうすぐ180cmだけど。
「はは、前世の時よりだいぶ高くなったね。君の『中の人』はそんなに大きな身体を『運転』したことがないからね。それは『クラムジー症候群』ってやつだ。第二次性徴期に身長が急速に伸びすぎて脳の感覚と身体の反応が追いついていないのだよ。」
そういえば本で読んだことはあったな。治癒魔法でなんとかならんかな?ケントは首を横に振る。
「なんともならんね。こいつは『病気』ではなく『不調」だからね。特効薬はないが時間をかけて身体を馴染ませる以外に方法はない。
幸い春の選抜まで半年あるわけだから野球のトレーニングを離れて基礎トレーニングだけにすべきだね。」
「理事長。沢村がいないと、出場できるかどうかが怪しくなるのですが。」
俺に付き添った乃木監督が難しそうな顔でケントと話し混んでいる。そして大きくため息をつく。
「理事長のおっしゃる通り、お前は照準を甲子園に合わせるべきだな。チームの大黒柱に抜けられるのは痛いが仕方がない。」
いきなり、俺にピンチが訪れたのだ。




