幸せの絶頂。頂点の先は下り坂?(リトルシニア全国選手権決勝戦)
決勝戦の相手は滋賀県の近江八幡市。準決勝で春の準優勝チーム神戸東を破っての進出である。
エースは坂田銀侍。諸星さんと並ぶ左腕投手だ。
「埼玉は嫌いやないで。」
俺たちを見かけると気さくに声をかけてくるのは関西人のいいところだ。
「なんでなん……ですか?」
俺が尋ねると
「ほら、東の埼玉、真ん中の滋賀、そして西の佐賀は存在感うっすい同士やん。」
……ネガティブ。
「む……武蔵国だった時は東京も横浜も同じ国だったんだからねっ。」
俺のボケにもどんどんつっこんでくる。
「どんなツンデレやねん。川崎はええんか?川崎は?」
「川崎は要らんでしょ。そっちにやるから琵琶湖の埋め立てにでも使って。」
「いらんがな。だいたい川崎大事なんちゃうん?」
「関東の尼崎ですよ。」
「なるほど、じゃあイランわな。」
「こら、いろいろな方面に敵を作ってどうする。」
ここで主将の鉄拳制裁で会話終了。
録画ではあるがテレビ中継も入るので選手たちはややハイになっている。3年生にとっては泣いても笑ってもラストゲームなのだ。
「録画予約したか?」
「したした。ベンチ、声出して行くぞ。映るかもしれんぞ。」
ベンチ入り選手が全員出られるわけではないが勝利への渇望は一つなのだ。
「ガンバレ」
亜美からの最後のレスを見て俺はケータイをバッグに放り込んだ。
準決勝のサヨナラ本塁打のせいなの坂田さんは俺相手には真面目にストライクを入れる気がなさそうだ。ただ速球派投手に対して滅法強いのが山鹿さんである。俺を無為に塁に出して2ラン本塁打を打たれ、怖い打者は俺だけでないことに気づいたようだ。
ただ、実は俺もテレビに映りたーい。坂田さんが左腕なので俺は右打席である。
「両打ちとか洒落乙やんけ!」
2打席目、能登間さんをランナーに置いて坂田さんの渾身の一球をレフトスタンドに叩き込む。テレビだけでなく亜美も観ているしな。最後は3年生の角川さんがきっちりと〆め、俺たちの優勝が決まった。
これでついに「野球の女神」の肩を捕まえたのだ。万年補欠に甘んじた人生から一転、まさに下克上を成し遂げたという達成感に浸っていた。甲子園、プロ野球。これらが単なる夢ではなく現実的な形を帯びてきたのだ。
表彰式、そして優勝旗の授与。まるでこのすべてが夢の中のできごとのようだ。
「沢村、俺たち3年はここでチームを離れる。先に高等部に行って待っているからな。」
「はい!」
3年は引退というものの山鹿さんと伊波さんは日本代表合宿に呼ばれている。能登間さんも招集れたものの辞退したそうだ。
お盆明けまでのつかの間の休暇。父母会の祝勝会でバーベキューをやったり、ケントの家でもホームパーティがあったり。
亜美とのデートもあった。相変わらず集団デートのみの許可だったけど。花火大会や学校の近所にある市民プールでデートしたり。ジュニアが来るということをどこから聞きつけたのやら、亜美のお付きの方が3倍ほど増えていて笑った。
市民プールでは同小の連中に出くわして恥ずかしかった。もっとも背が伸びたせいで気づかれない場合も多かったりする。ジュニアが195cm、俺が177cm、亜美も172cmあるので亜美のルームメイトは自分がなんだか小さく見えてうれしいとか言っていた。彼女も165cmあるんだけどね。
亜美の水着は一応ビキニなんだけど。彼女が着ていると陸上の選手みたいだ。あ、これは言ってはいけないやつ。真っ黒に……小麦色に日焼けした肌に映えるな、んー、色黒の話も禁止だからだめだなぁ。腹筋もしっかり割れていて色気もない。まあ俺は大好きなんでいいんです。
俺が褒め言葉を考えあぐねている傍からジュニアの怒涛の褒め言葉攻勢が。亜美も嬉しそうだ。
「健くんもなにか言わないんですか?」
あきれたルームメイトにつっこみを入れられる。俺が水から出された金魚みたいに口をぱくぱくさせていたのを見かねてのことだ。
「全部言われた……。」
漫画ならどつかれているだろう。
「無理やりにでも絞り出せ。」
「えーと、俺は大好きです。」
まあここらへんまでが俺の幸せの絶頂ってとこかな。しかし、俺は忘れていた。胆沢の中にある「魔王の欠片」の存在をだ。これが俺の「野球エリート」人生を大きく狂わせるとはまだ想像だにしなかったのだ。




