男ならプレーで語れ (リトルシニア全国選手権準決勝)
準決勝 横浜本牧戦。勝ち残っているチームに関東のチームが多いのはやはり「東のシニア西のボーイズ」という野球連盟の勢力図が影響している。この年の3年後、リーグを超えた中学硬式野球日本一を決める「全日本中学野球選手権大会」が制定されるのだ。
「気合いの差」というべきだろうか。「打倒青学、打倒山鹿」のスローガンで一致結束してきたチームはすごみが違った。速球とチェンジアップしか球種はないものの配給の散らし方もストライクゾーンをいっぱいに使う制球も申し分なかった。白縫さん自身はこの大会で失点は一つもなかったのだ。
いうなれば俺の左のコントロールと右の速球を足してスタミナを3倍にした感じだ。中学生にはなかなか打てないだろう。
対する胆沢も気おされてはいるが、負けん気の強さが幸いして気合いの乗った良い球を投げている。今日に限って言えば、正直凪沢より上かもしれない。素質だけで中途半端に終わった前世の胆沢と比較すれば格段にいい投手だ。人間性を除いてはだが。
まさに「火の出るような」投手戦。ヒットが出ても後が続かない。四球も望めない。6回の攻防を終えて1時間も経っていないスピード展開だった。山鹿さんも2三振。塁に出たのが住居さんと胆沢に単打が1本ずつ。俺は思考加速でようやく解析を終え、最終打席へと向かった。7回裏。先頭バッターは俺。
命中率アップ、一撃魔法を重ね掛けして臨んだ。1B2S。カウントは俺不利。白縫さんはネクストサークルの山鹿さんをちらりと見る。
これは来るな。
速球、しかも浮き上がるような速球。よほどの天才でも初見で撃てるとは限らない。だが、俺は「初見」じゃない。白縫さんはボールの下を空振りする俺の姿を想像したかもしれない。
だがバットの芯はボールをしっかりと捉えていた。放たれたボールは美しい弧を描きバックスクリーンの横に吸い込まれた。
サヨナラ本塁打。俺ははしゃぎたい気持ちをぐっとこらえてダイヤモンドを回る。
ベンチでは山鹿さんが立つと相手ベンチの向かって深々と頭を下げた。
ベース前で整列し、礼を交わす。早々にベンチに引き揚げようとする俺に白縫さんが声をかけた。
「沢村君。よくあの投球が打てたね?」
俺は答えた。
「はい。白縫さん《《も》》ジャイロボーラーなんですね。綺麗な4シームジャイロだったです。」
ジャイロボール。進行方向に向かって水平軸に回転するボールだ。横回転と表現した方がわかりやすいか。空気抵抗の関係で0コンマ数秒、ボールが沈んでいく速度が遅くなる。だからイメージよりも球がおちるのが遅く、それが浮き上がるように錯覚させるのだ。
俺が胆沢に投げたホップする球の正体でもある。某野球漫画では強力な直球のように描かれていたが実際には変化球に近い。
はしり去る俺の姿を見送りながら白縫さんは「も」か……とつぶやいたそうだ。
山鹿さんが近づくと
「お前には勝ったが試合には負けた。そういうことだ。」
それだけ言って立ち去ろうとしたそうだ。
「白縫、また対戦ろう。甲子園でも、その先でも。何度でも戦えるし、同じチームでやることもあるかもしれない。
あの時は事情も言えずに消えて悪かった。親父の会社が倒産して田舎に引っ込むことになったなんて恥ずかしすぎてとてもじゃないが言えなかったんだ。お前たちを傷つけたことは謝る、本当に悪かった。」
そういって頭を下げた。
白縫さんは去り際に「またな。」とだけ言ったという。
俺はその頃荷物を抱えてロッカー裏で亜美にメールを打っていた。「祝!決勝進出!」
「おめでとう。自分で「祝」とか打つか?明日行けたらいくわ。」
「這ってでも恋」
「へんな誤変換すんな。烏賊ねえぞ。」
「なんて読むん?」
「烏賊だよ。ちゃんと日本語勉強せい。」
「あら、いやだ。烏賊皮しい。」
「料理する時はちゃんと剝けよ。」
「あら、いやだ。剝けなんて烏賊皮しい。」
こういうバカなやりとりしている時がいちばん幸せかもしれんな。
「沢村、暗いとこでケータイいじんなや、目悪くすっぞ。」
伊波さんにケツを軽くけられるまでやっていた。




