下克上はより高みをめざして。
「死闘」だった⋯⋯とは言わない。どちらもすでに目的である日本選手権の出場権は確保している。だからこの戦いはもっと先、つまり甲子園での戦いを互いに想定したものだろう。ただし、それは先輩たち同士に限った話である。
ケントはよく俺に言っていた。
「あの子たちの戦う姿勢を学ぶといい。正直、異世界での君のチームは一流の力が与えられていたが魂の方は三流以下だった。その中で唯一君の『魂の姿勢』だけが一流だった。だから私は君の先導者をもう一度やりたかった。君を勇者に導けなかったことが心残りだったんだ。
そして、あの子たちもまた君の魂を勇者へと導く先導者なのだ。彼らは将来を見据え、今やるべきことを正しく選択する気概においてまさに超一流だ。」
若い頃、時間は無限にあると思っていた。しかしそれは正しくない。そう見えるだけで振り返って見ればその時間はあまりにも短かった。だからこそ躊躇している暇などないのだ。無為な時間など老いてから楽しめばいいだけなのだ。
大門さんの投手としての凄さはその緩急の付け方だった。150km近い球を投げたかと思えばその半分くらいのスピードの山なりボールを混ぜてくる。チェンジアップどころかブレーキングボールだ。しかも投球フォームが速球と変わらないため目が勝手に速球判定して振ってしまうのだ。
これは受ける捕手の功績も大きく、バッテリーを組む谷塚さんはあの難しい球を受けつつ山鹿さんに劣らぬリード力。うちの下位打線は手も足もでない。
ほぼ同じ投球フォーム、同じ腕の振り。真似しようものならものすごく肘に負担がかかるため自動回復を重ねがけしないと危ないだろう。なにしろ故障しそうだ。
だからこそ連投がきかないという欠点もある。だがもう一人絶対的なエースがいれば無敵に近いだろう。だから方々の好投手に声をかけて回っているのだろう。俺は2打席棄てて大門さんのフォームと谷塚さんのリードのデータ収集にあてる。ここで無駄になっても全国で当たった時、いや、その先に待つ世界で役立てるためだ。
リトルシニアでレギュラー獲ったくらいで満足したり完結している場合ではない。
試合は最終7回表。1対1の同点。
最終打席。四球で出た能登間さんを一塁に置いて二死。俺の後ろにはまだ主軸打者が二人いる。だから四球でもいいという気持ちで打席にはいる。
感覚器加速、一撃魔法重ね掛け。さあ来い。大門さんの指の動きに照準。
セットアップからの一投目。速球が来る!バットが球を捕らえる。木製バットの乾いた打撃音。センター返しの打球は大門さんの横、そして二遊間をぬけセンター前。
能登間さんは三塁ベースを蹴り本塁突入を試みる。センターの矢のような返球。身体の大きい捕手谷塚さんのブロックを華麗にかいくぐる。バックホームが少し高めなのが幸いし、無事生還。
能登間さんが俊足のため、ブレーキングボールは投げないだろうという予測が当たる。いや、大門さんに速球を投げさせるためリリースの瞬間にスタートを切った能登間さんの走塁センスが得点を呼び込んだのだ。
最後は俺がリリーフとしてマウンドにあがり3人できっちり抑えて試合終了。
「神宮で会おうぜ。今度は本当の本当にリベンジだからな。」
大門さんの表情は悔しそうではあるが心底野球が好きなのだろう。「好敵手」と書いて「ライバル」と読むのがまさに当てはまる感じだ。
帰りのバス、俺は珍しく山鹿さんの隣に座るよう言われる。
「ええっ、沢村は俺とエロ話するはずだったのにぃ。」
いつも俺を行き帰りイジリまくる伊波さんが抗議する。
女子マネがこちらを睨みつける。オレはあくまでも聞き手ですから。
一番後ろの席。山鹿さんは主将になってからはいつもここに座って部員を個別に隣に座らせて話をしている。
山鹿さんの話に俺はびっくりする。
「沢村、夏が終わったらお前たちの世代が中心になる。次の主将はお前になってもらう。やりたくなさそうな顔だな。」
はい。できれば避けたいですね。
「胆沢が気になるか?」
「それもありますがみんなをまとめていける自信がないです。」
「主将の仕事はみんなをまとめることじゃない。」
は?
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