身体と頭、心と精神の柔軟性。
「なんで俺だけ柔軟なんですか?」
珍しく胆沢が主将に食ってかかっていた。「珍しい」というのは腹の中がどうあれ、普段は不満を上級生たちや監督に決してぶつけるような真似はしないやつなのだ。
「胆沢、トレーナーから連絡があったんだ。お前はきちんとストレッチのノルマを果たしていないそうだな。」
そういえば胆沢は小学生時代から身体が硬い。リトルの頃から柔軟運動を嫌がっていたし、俺の柔軟性を「タコ野郎」とよくバカにしていた。なまじっか上背と筋肉があるおかげで球が速いのでだれも強制はできなかったのだ。
胆沢の態度に鼻白んだのか山鹿さんは苦笑混じりで続ける。
「お前は肩甲骨と股関節の可動域が広がればもっと速い球が投げられる。沢村ほど柔らかくなれとは言わん。せめて凪沢程度にはなれ。」
「俺の方が二人より球は速いんですけど。」
よほど柔軟が嫌いなのか胆沢の態度は変わらない。山鹿さんはあきれたように言う。
「そらそうだ。まだ二人はさほど筋肉がついていないからな。現時点ではお前の球の方が速いというだけだ。じゃあ試してみるか?」
結局、実証実験ということで俺がマウンドにあがり打席に胆沢を立たせて球を投げることに。ボールの縫い目を垂直に指をかける4シーム(直球)と縫い目にそって指をかける2シームの変化球を投げるよう求められる。
同じ腕の振りで投球しても握りで縫い目に添える指の位置とリリースポイントによってボールが受ける空気抵抗が変わり、2シームは遅くなる。つまりチェンジアップという変化球に近くなるのだ。胆沢にとって俺の球は大して速く見えないが、山鹿先輩のリードで3アウト分勝負してゴロ、凡フライ、三振で終わる。
呆然とする胆沢に先輩は告げた。
「優秀なお前なら球を見ただけで意味が解っただろ?4シームはホップ気味に見えたはずだ。沢村の投球にはキレがあるんだ。それは筋肉や上背の力のおかげじゃない。股関節がしっかり動くから足を上げた動作の時にきっちりと腰のタメが作れているんだ。今沢村は背がぐんぐん伸びている。この分だとつぎの背番号1はこのまま凪沢か沢村のどちらかになるだろうな。」
胆沢が下を向く。先輩ヤメテ!「癇癪」が発動してまう!
「いいか。俺は投手としては胆沢の方が大成すると思っている。そのカギはお前の腰と肩の関節の硬さをどうにかすることだ。今からちゃんと向き合わないと手遅れになるぞ。3年後の甲子園にエースとして立つのは誰だ?マウンドを沢村に譲る気なのか?精密コントロールの左投手なんて間違いなくプロ野球からお誘いが来るレベルだ。
わかったらさっさとカリキュラムをこなしてこい。」
「うす。」
下を向いたまま胆沢はジムの方へ走っていく。多分陰で泣くなあれは。昔からそうだった。あいつは褒められると増長するから悔しさがバネになるタイプなんだよな。
「沢村、つきあってくれてありがとうな。」
山鹿さんが俺の肩をポンとグラブでたたく。
「あいつは荒治療しないと聞かないからなぁ。」
あんまり俺をダシに使うのをやめてくださいよ。人外の力が発動したらどうするんですか?
「沢村、本格的に投手に転向しないか?」
いや、今のところは2回が限界なんで。
「そうなんだよな。もう少し精神的なものがなぁ。そこらへんはお前が胆沢に見倣えよ。」
はい。ただ、投手の場合、俺の持つMPの総量がこれからも成長していかないと試合全体で魔法を使い続けるのは難しい。体力回復と成長重視のための「自動回復」に重きを置いている今は試合に魔法の総MPのすべてを振り向けるわけにはいかないのだ。
「命中率アップ魔法」は打者としてなら3回か4回まわってくる打席に使えばいいのだが、投手となると毎回使うことになる。身体の消耗も激しいので「自動回復」も最低重ね掛けが必要なのだ。もともとの俺の素質が「一般人」なのだから仕方がない。
しかも屋外でする投球には風の有無や強さ、向きに加えて気温、湿度によるボールへの空気抵抗の強さまで自動計算してくれるこの魔法に頼らざるを得ないのだ。
そして2か月にわたる長い地区予選が始まった。後半は梅雨時に入るため雨天順延が多くて不規則になりやすく控え選手も多く必要になってくるのだ。
「あれ、ドリンクどうしったけ?」
うーん。家に置いてきたか。しゃーない、スポドリの粉末の予備がねえかな。部室で自分のロッカーを漁っていると後ろから女子が声をかけてきた。
「せーんぱいっ!なにかお捜しですか?」
振り向くとそこには懐かしい顔が。前世でも異世界でも1年後輩でマネージャーであった押川知世だったのだ。
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