4月の嘘が真実だった時。
これだけチームが強ければ夏の選手権も楽勝かもしれない。高校に入ればボーイズリーグや軟式から上がって来た連中とも戦うことになるが甲子園出場どころか全国制覇も夢ではないかもしれない。
「お兄、学校から電話。」
俺が春休みの惰眠を味わっていると妹の美咲が起こしに来た。俺が生あくびを噛み下しながら受話器を取ると電話の主は凪沢だった。
「大変だ、中里先輩が事故に遭った。」
おい、4月バカは昨日で終わってるぞ。だいたい嘘の内容は昨日どころか一昨日来やがれなレベルだがな。
「嘘でも冗談でもねえ。……むしろそうだったらどんなに良いか。」
交通事故だった。先輩とその家族を乗せた車が高速道路の多重事故に巻き込まれてしまったらしい。
助手席に座っていた先輩は両脚を骨折。緊急手術を受け入院中だという。監督に電話すると詳細は始業式の後にまとめて説明するから待ってくれとのことだった。
俺は強烈な後悔に襲われる。これは間違いなく胆沢の中の「魔王のカケラ」が暴走した結果だ。胆沢に再戦の機会を与えたことによって両者のわだかまりは消えたはずだと俺が思い込んでいたのだ。ヤツの怒りはその程度では宥められなかったというのか。凪沢の方には魔法防御を張っていたのに中里さんの方には失念していた。凄いとは言え先輩もただの中学生に過ぎないのだ。
とりあえず山鹿先輩に連絡すると俺を見舞いに連れて行ってくれた。東京の病院だった。中里先輩の実家からほど近く家族が世話をしやすいという理由だ。不幸中の幸いで他の家族は軽傷で済んでいたのだ。先輩はみるも痛々しい姿でベッドに横たわっていた。
「すまんな。拓郎。どうやっても夏までには間に合いそうもねぇ。」
その一言が先輩の無念さを物語っていた。
「気に病むな大智。とにかく選手生命が断たれなくてよかったよ。俺たちの目標はあくまでも甲子園だ。しっかり治して甲子園で3連覇、いや5連覇してやろうぜ。」
山鹿先輩が励ます。きっとどんな時もこれを合言葉に頑張ってきたのだろう。中里さんは俺にも礼を言った。
「ああ。おかげでリハビリで地獄を見そうだがな。沢村が青学に入ってくれて本当に良かった。沢村、俺の代わりに投手陣のフォローを頼むわ。」
「はい、俺がリリーフエースですからね。でも先輩、俺がリリーフするには先輩が試合をリードした状態じゃないと受けられませんよ。」
俺の喩えが下手すぎたのか、中里先輩に真意が伝わらない。山鹿先輩がワザとらしく笑った。
「言うなぁ沢村。聞いたか大智。こいつはお前が怪我に打ち勝ってこそのリリーフだって意味で言ったんだ。何しろリハビリ施設はとっくに予約済みなんだ。うんときついカリキュラムを組んでもらおうぜ。泣くならそこで泣け。そして絶対怪我に勝とうな。お前は独りなんかじゃない。俺たちは応援してるしお前の帰りを待っている。」
俺はよほど自動回復魔法をかけてやりたかったが思い止まった。実はすでにケントに頼み込んで治癒魔法を断られていたのだ。外部の医療機関に診られている以上、異常な回復は避けるべきだと。
「俺の背番号は凪沢に預けてくれ。」
帰り際、中里さんが山鹿さんに声をかける。
「多分監督の考えも一緒だろう。ただお前ならすぐに奪い返しそうだがな。」
「誰もやるとは言ってねぇ。預けるだけだ。」
突然の中里先輩の離脱。でもチームは立ち止まってはいられないのだ。
4月には関東連盟の春季大会が始まる。日本選手権の予選である夏季大会の前哨戦である。
俺はリリーフの関係上、体力的に負担が少ない一塁守備に専任することになり背番号も9から3に変わる。
その「背番号3」に一番食いついたのが親父だった。母さんが縫いつけているのをしげしげと眺める。
「健ちゃんいいなぁ。パパも憧れたのよ背番号3。」
親父がG党なのは知っているが、でも永嶋世代ではなかったよね?
「まあ尾羽さんしかいなかったね。でも背番号3の名選手は他にもたくさんいるからね。」
親父、俺の番号はただの「守備位置」だぞ。もちろん、前世では届きもしなかったレギュラーナンバー。前世の両親にも見せてやりたかったのが無念で仕方ない。
自分も事故で異世界転移したのに他人を事故に遭わせるという胆沢の、いやヤツの中の「魔王の欠片」に嫌悪感しか感じられなかった。