「俺様」ばかりの世界で。
「胆沢、大切なグラブを床に叩きつけるとかどういうつもりだ?」
中里先輩が静かに激怒していた。
「俺の考えは古いというのはは解っているけどなぁ。グラブもバットも身体の一部だ。それを粗末に扱うのは選手以前の問題だ。今すぐにでも家に帰ってくれと言いたいところだが、それではなんの解決にもならん。」
胆沢は表だっては平謝りだった。ただあまり反省はしていないだろう。むしろ人前で恥をかかされたと内心腹わたが煮えくりかえっているだろう。
「一回目は仕方ない。俺だって崩れた時は同じような気持ちにもなる。ただ他人のグラブだけはやめておけ。沢村にも謝っておけよ。そして二度目はない。以上だ。」
そう言って先輩は俺にファーストグラブを手渡す。おま、俺のグラブを投げたんかーい!
心底ムカつく。まあ代わりに先輩が怒ってくれたんでよしとする。
「なんでみんな沢村ばっかりなんだ。俺の方が球だって速いのに。凪沢だってそうだ。なぜあいつが先発なんだ。依怙贔屓だ。出身リトルが一緒だからって⋯⋯。」
座った目つきで胆沢がぶつぶつと呟いていた。
いや、凪沢は冷静沈着というか感情の起伏がもう少しなだらかだからな。だから制球も乱れが少ないし、何しろ先輩たちを信頼してる。もう少し俺様根性の「方向性」が治ればこいつもグンと伸びるだろうに。
ここの先輩たちも全員俺様根性だけど、だからこそ「臣下」の人間は大切にするんだよな。お前は「手下」の扱いがゾンザイすぎるんだよ。どうやら「俺様」にも「名君」と「暗君」が存在するらしい。
俺も「下克上」を目指すには精神的にもタフでなければならないのだが、良い魔法はないものか。
準々決勝は信越代表の燕三条。こちらの先発は凪沢で5回を零封。まだ点を1点も取られていないのは凄い。後を託された角川さんも見事な投球で2対0で勝利。
そして先輩たちの「名君」っぷりはその日に明らかになる。
「準決は胆沢が先発する。後ろは角川と沢村が1回ずつ。準備しておいてくれ。」
なるほど、もう一度胆沢に名誉挽回の機会を与えるってわけか。しかも大事な準決勝に。
「よろしくお願いします。」
胆沢は爽やかに挨拶してみせる。もちろん、監督は決勝に中里先輩を使いたいのだろう。
準決は東海代表の岡崎市。前半からこちらの打線が爆発。5回まで7点を挙げて胆沢を援護。胆沢もそれに応えて3試合で19得点の強力打線のチームを相手に2失点で切り抜ける。あとは角川さんと俺の無失点リリーフ。終わってみれば9対2で圧勝した。俺にも本塁打が出た。
決勝の相手は神戸市東。初日にテレビの取材を受けていたチームだ。4試合で32得点という頭抜けた打力。そして初戦で5失点したもののその後3試合で1失点のみと投手力でも優れていて、まさに東西の横綱同士のぶつかり合いという感じだった。関西はボーイズリーグの方が盛んなのでリトルシニアとしても地元の強豪チームをアピールしたいのもあるだろう。
決勝を前にうちの方にもテレビの取材に来たらしく監督と山鹿さんが対応したらしい。しかしまぁここまで来れるのならもう少し亜美に強くご褒美のおねだりをしておくべきだったか。チューくらいできたかもしれんな。中学生じゃまだ早いか?
先発は中里さん。試合が動いたのは3回、ラストバッターの中里さんが四球を選んで塁に出た二死一塁で伊波さんが2ラン本塁打。4回俺が3塁打で出ると4番山鹿さんは敬遠。山鹿さんは足が遅いんだよね。
5番住居さんの犠牲フライで俺が本塁生還。3対0で投手が凪沢に交代。さらに5回、能登間さんの適時打と6回には住居さんのダメ押しとなるソロ本塁打で追加点を挙げ、最終回、俺も打者三人できっちりと締め試合終了。終わってみれば5対0だった。
球数で言えば完封できたはずだけど惜しげもなく俺にマウンドを譲るところがまたね。まあ心配が抜けてないのか外野に下がっただけなんだけど、優勝のマウンドを他人に譲るのは簡単ではないはずだ。
あっさりと全国制覇。先輩たちの甲子園の夢がただの夢じゃない、ということが証明されたと言えるかも。
うーん。これじゃここらあたりで下克上が終わりじゃねぇの?と思ったんだけど⋯⋯。