真夏のデートにて。
平成15年、全国選手権大会で青学はベスト8で幕を閉じた。俺は3試合で10打数8安打2四球でベストナインにも選出された。先頭打者として単打狙いに徹した結果である。「ミニゴジラ」から「ミニヰチロ一」に改名するか?と監督に苦笑交じりに聞かれたほどだ。しかし誰かの名前にちなんで呼ばれるのはあまり好きではない。彼らはいずれ「憧れ」の対象から超えるべき「目標」に変わるはずなのだ。
「くっそう、来年は甲子園目指すぞ!」
3年生はここでリトルシニアリーグを引退し、本格的に高等部に混じっての練習に参加するのだ。リトルシニアのグランドの規格は高校のものより一回り小さいため、標準規格に早めに慣れることも必要だ。
それにつけても受験勉強のために伸び盛りのこの時期にトレーニングを中断する必要がないのが中高一貫校のいいところである。また、この時期から野球の強豪校からのスカウトを兼ねた監督さんたちが見学に来るようになるのだ。
お盆時期にはチームも休養期間になり、俺は亜美とのデートの約束を取り付けた。ただし、隣町の花火大会を観に行くという予定に双方の親からの物言いが入り、三人以上のグループで出かけること、花火大会終了後即帰宅なら可という条件がついてしまった。
俺はジュニアを誘ってみた。彼は硬式テニスの日本中学選手権を数日後に控えていたので強くは誘わなかったが、二つ返事で付いてきた。なぜか父親のケントもついて行きたがったがさすがに奥さんとジュニアに止められていた。
「私も亜美に会いたいよ、久しぶりだし、懐かしいし。」
あのね、容姿は亜美だけど中身はケントの知っている亜美とは別人だからね。
待ち合わせの場所に行くと亜美は高等部の先輩と同室の同級生を連れてきていた。お、浴衣姿がかわいいなぁ。
シュッとしたイケメン白人少年の予想外の登場に女子たちは一瞬硬直する。
「初めまして、俺は沢村健。リトルで亜美と二遊間を組んでた相方です。こいつはケント・バーナードJr.。俺の親友です。こう見えても日本語はペラペラだから安心して。」
「まいど!ジュニアです。今日はよろしく頼むで!」
俺が紹介するとなぜか関西っぽいイントネーションで女子たちと次々にハグする。女子たちさらに硬直。おい、イケメンならなんでも許されると思うな……許されているだと?
「えーこの通り日本語だけでなく人間性もペラペラです。」
俺の紹介で女性陣大爆笑。実はここまでがジュニアの持ちネタである。ジュニアの「毒牙」にかかった女子たちはなぜか顔を上気させうっとりした表情を浮かべる。
「誰がやねーん。で、健。この子たちを紹介してくれる?」
俺はつづけて亜美と二人の持ちネタに入る。
「彼女が松崎……顔黒王です。」
「誰が顔黒王やねん!亜美じゃボケ!」
亜美が俺の頭をどつく。もともと地黒を気にはしていたが、このネタをやった時は、好きな強さで俺の頭をどついてもいいという亜美と俺との間の暗黙のルールがある。
「亜美ちゃん、そんなに思い切りいったらアカンよ。お手手をケガする。」
「俺の頭の心配はないんかーい。」
ジュニアと俺のやり取りに亜美が連れてきた2人の女子はしばらく笑い転げたあと自己紹介してくれた。二人とも野球部なのだそうだ。
もともとは俺に興味があってついてきたらしいが、イケメンで背が高くて日本語ペラペラで面白い金髪碧眼の白人美少年が登場したらたった1秒で俺への興味は雲散霧消したようだ。そう、彼と俺のスペックは違いすぎる。まあ俺も中の人が通算30代だから落ち着いて観ていられるのかもしれない。
すれ違う女性が次々にジュニアを二度見する。振り返ってみる女性さえいる。
「ジュニア君もてもてだね、学校でもそう?」
俺と亜美は手こそつながないが、浴衣越しに触れ合う腕の感触に酔いしれる。
「特に高等部の女子方にね。」
「羨ましい?」
いや、俺は隣に亜美さえいてくれればそれでいいよ。そう言いたかったが出だしを思い切り噛んで「なに?」と聞き返されて結局言えなかった。うーん。これが昭和製の中の人のポンコツさよ。