俺たちの約束。
リトルシニアの日本選手権は東京の明治神宮球場を中心に東京近郊で開かれる。
「亜美ちゃんも選手権決まったって。」
母親に弁当を手渡されながら告げられる。うん、と生返事だけする。それは新聞でチェックしていたし彼女にはすでに応援のメッセージも送っていた。
リトルリーグの全国選手権は夏休みに入ってすぐなので、8月頭のシニアの大会よりも一足早い。前世のチームでは全国に手も届かなかったが、胆沢は絶対的エースとしてリトルのチームを牽引している。それだけでも前世に出会った胆沢よりもはるかに恵まれているし選手としても大きな成長を遂げている。
ただ彼は「絶対的」過ぎたのだ。自分より賞賛を得そうな者を排除することにかまけすぎて本当の意味での味方を作り損ねたのだ。彼に忖度しても信頼する者はいない。彼を恐れても尊敬する者はいない。チームに流れる空気は打算であって情熱ではなく、冷静さではなく冷めた空気だったのだ。
リトルの全日本選手権に出場できるのはわずかに16チーム。そして4日間という短い日程。選手層が厚くなければ戦えないのだ。そして2回戦負け。胆沢の嫉妬を恐れた同級生で投手をやりたがる者はおらず救援すらいなかったチームの末路はあっけなかった。
「負けちゃったよ。……私の夏が終わっちゃった。」
泣きながら報告する亜美を俺は思わず抱きしめてしまった。
「亜美はよく頑張ったよ。それにまだ夏休みは1か月も残ってるよ。」
頭を撫でてやると
「健、少し体が大きくなってる。男の子が羨ましいなぁ。男子ばっかりパワーが着くってズルいよ。どうして私だけ女なんだろ。」
きっと亜美の涙はそこが源なんだろう。試合に負けた悔しさよりも女子が抱える肉体の限界。男子と対等でいられる最後の夏が終わってしまったのだ。
「いつかまた、健と二遊間を組みたいよ……。」
じゃあ「二」人きりで「遊」ぶ「間」柄になるか……、というフレーズが頭に浮かんだが、さすがにこれは俺の中の人が通算30歳を超えたせいだろうと思い言わないでおく。彼女にとって俺は「同性」というか「肉親」に近い感情なんだろうと思うのだ。
「こっちの選手権が終わったら一緒に遊ぼうな。」
と言いつつも俺の頭の中はすでに日本選手権のことでいっぱいだったのだ。彼女もお盆期間中までは実家に帰るのでケータイでおしゃべりできる時間もできた。
俺は全国選手権大会で一番右翼手で起用された。この大会は全国から予選を勝ち抜いた32チームによるトーナメント戦である。俺は一番打者として出塁だけに意識を集中する。加速魔法をかけ、不自然でないレベルの速さで走る。この走りに耐えられるのは幼少期から怠ることのない柔軟体操の成果である。
先輩たちに「柔らかいって、Y字バランスくらいはできるよな?」と煽られてI字バランスをやって見せてドン引きされたことがある。先輩は無茶ぶりのつもりだったからだ。たしかにスポーツに魔法を使うのは「ズル」かもしれない。
しかし、その力に耐えうる肉体は自分で鍛え上げなければならない。魔法だって無償で使えるわけでもないのだ。