五輪直前合宿!
俺は青学の応援に球場まで行く。決勝戦だ。相手は強豪の春日部共明。
埼玉県は南北に分かれたといっても強豪校は県南の都市部に集中しているため、区割りはかなり複雑だ。結局、予選の試合数は1つ減っただけである。
俺が抜けた四番には安武が座っていた。そして彼が抜けた一番には二番の三原が昇格していた。うん。俺がいなくても平気などころか、もう来年まで安泰やないか。
これが「山鹿世代」効果の偉大さよ。そして来年は俺効果もあるのだろうな。俺のぶっ飛んだ契約金で青学には問い合わせが殺到しているそうな。
さて俺は五輪代表に正式招集されたことで、同時期に開催される甲子園には正式に参加出来なくなったわけだ。それがみんなを「裏切ってしまった」という心の枷を軽くしてくれた。
その決勝戦で我が校は対戦相手を満足いくまで蹂躙してくれた。12対0。野球の試合としては大味だったが勝利は気分がよかった。
「沢村くん!来てたんだね。」
確かジャパンスポーツの記者さんだったよな⋯⋯に呼び止められる。もしかして俺を探してました?
「おめでとう。青学は沢村君抜きでも余裕で甲子園行けたね。」
嫌な言い方だなー。いや、これは嫌味ではなく単なる驚嘆だろう。
「ええ、ホッとしましたよ。まぁ大舞台での経験値が高いんでどんな場面でも落ち着いてプレーできるところがウチの強みでしょうね。」
「大舞台といえばオリンピックだけど、コンディションはどう?」
「実戦はルーキーリーグで欠かして無いんでカンは鈍ってはいないですけど、トレーニング環境は学校の方が良かったですね。⋯⋯⋯まぁ、後は合宿入りの時に会見があるんでその時にでも。」
「ハンバーガーリーグ」なんて揶揄されているようにマイナー、とりわけルーキーリーグの練習環境は厳しい。おかげで少し痩せてしまった。今実家にいるので、心配した母親にご馳走攻めにあっているところだ。
8/2。俺は合宿地である川崎のギガンテス球場へ。監督が選んだのは昨年のアジア選手権のメンバーとほぼ同じ顔触れだったのだ。
「お、来たな、7億円。」
植原さんが絡んでくる。うーむ、なんかトゲがあるな。
「健ちゃんももうプロかぁ。」
「マイナーリーガーですけどね。」
「でも栄光の『全体1位』やん。しかもここにいる全員が健ちゃんには敵わんでびっくりしたで。レイザースと言えばバンちゃんだけど、元気?」
関西の人はわかりきった上でつっこんでくるのでややめんどくさい。
「だから磐村さんはトップチームで俺はルーキーリーグですって。会うわけないじゃないですか⋯⋯ってもしかして磐村さんにマイナーまで落ちろとかいう呪いスか?」
「なんでやねん。」
ちなみに俺のプロフィールの所属球団欄には「タンパベイ・レイザース“傘下”」と書かれている。植原さんはメジャー志向なので色々と気になるのだろう。それにあんたらが入団前に全員がもらってる「はず」の裏金を含めたら俺と大して変わりませんて。ま、それは言ってはいけないヤツですけどね。それだけ「自由契約」とはかなり破綻していたのだ。
練習は守備連携や打撃、投球など調子自体を確認するものがメイン。後半は紅白戦も交えた実戦形式。ただ心配なのは割と調子が悪そうな選手が多いこと。
そして、セパ両リーグの代表とそれぞれ壮行試合をすることに。パ・リーグ代表にいましたよ。先輩たちが。
「よ、健。代表入りおめでとう。」
ていうか、なに高卒新人のくせにパリーグ代表なんですか?
「現役高校生で日本代表のお前に言われたかないわ。」
山鹿さんが穏やかに言う。背番号19ですか。ライオンハーツもなかなか洒落たセンスをお持ちで。かつて打撃と守備を極めた名捕手の番号じゃん。後ろで呟かないでくださいね。
「70億かぁ。お前フロリダにトレーニング施設作って、ただで俺たちにつかわせろよ。」
伊波さんが俺のケツを思い切り叩く。その背番号9って古久保さん、ギガンテスから復帰してその番号つけてましたよね?
「あ?なんか次は俺の番らしいから早めにファルコンズ魂を譲ってくれたらしいぞ。ご本人は99をつけてるわ。ファルコンズ魂って言われたってさ。逆に俺も7億円ならメジャーに行ってもいいわ。」
いやいやそこは意気に感じてくださいよ。⋯⋯まあ感じたからこその代表なんでしょうけど。このツンデレめ。
「よお、元気そうだな。ピアノのレッスンは続けているか?」
そうなんですよ。練習曲って呼ばれる曲にも面白いのがあって⋯⋯って能登間さん?