けた違いの契約金。
記者会見を終えると一旦騒動は治った。俺は退部した身なので野球部には行けず学校のジムでトレーニング。そして、二週間も経たずにレイザースへの入団が決まった。
6/19。学校で契約調印。マイナー契約のため日本と違って「背番号」とかはない。わざわざアメリカからGMのフリーマン氏が来てくれた。元東京スイフトの磐村さんが現在活躍していることもあって、地元のファンには概ね好評らしい。フロリダはキューバからの移民や難民も多く、コンチネンタル杯での活躍で俺の認知度もかなりの程度あるそうだ。
日米の報道陣が詰めかけた会見会場となった学校の会議室。記者から契約金の金額を尋ねられてGM氏は用意していたフリップを掲げた。
「$7,000,000,000」
報道陣から小さく「一、十、百⋯⋯」と単位を数える声が響く。よく理解できないと言った空気が満ちる。700万ドル?7億円?ハンパねぇな!ざわつく記者たち。
「えー、日本円換算だと7億円くらいですかね。」
ケントが説明を入れる。日本と違い契約金は「推定」ではなくガッツリ「公表」されるのだ。会見場は一瞬にして静まりかえった。
なんと高卒ルーキーの契約金としては初の600万ドル超えどころか一気に700万ドルに到達だそうだ。ケントは交渉で800万ドルからふっかけたらしい。ただし、年俸はマイナー契約のため2万3000ドルである。
最初は1億円もいかんのかぁ、と思っていた報道陣だったが単位がドルだったというオチ。これで借金生活終了するどころか、まるで実感など湧かない数字だ。これこそが「全体1位」の御威光ってやつだ。
これはさすがにみんな驚いた。
「健さん、7億円て『う●い棒』が何本買えますかね?」
小囃子よ、単純に10で割るがよい。
「一生かかっても食い切れないですね。」
帯刀よ。駄菓子換算は無意味だからやめるがよい。ちなみに1分につき1本ずつ24時間365日ずーっと食べ続けると133年で食い切れるはずだ。な、無意味だろう?それに税金で半分は消える。
「先輩、俺と結婚してください。」
安武よ、残念だが俺は性的マイノリティではない。⋯⋯「オチ」としては秀逸だが。お前の不用意な発言のせいで腐り切った女子どもが嬉しそうな表情でこちらを見ているでないか(怒)。
「なんか『裏切り者』的雰囲気が一気にひっくり返ったな。」
凪沢も呆れたように言う。これが金の力だ。ただ付け加えるなら「総額」である。さまざまなオプションがついていてその総額だ。そして分割払いであり、恐らく俺が現役を引退するまでに払えるかどうかも不明だ。仮に俺がFA宣言すれば契約金の未払い部分の一定額を支払う義務も一緒にFAすることになる。
よって俺をFAで取れるのは余程の金持ち球団だ。ロスかNYかボストンか、買える球団は限られてくる。そして、芽がでなければ当然引退に追い込まれる。
翌日20日にはオリンピック代表の最終候補39名に入った。今回はどうにも怪我人が多いらしい。さて、オリンピックまで実戦がなくても大丈夫かと思うかもしれないが問題ない。なぜならすでにアメリカでは「ルーキーリーグ」がはじまっているからだ。なのですぐにアメリカに呼び戻されることになった。
今回のオリンピック参加は契約時に了承済みなので問題はない。いずれにしろマイナー契約なのでどれだけ頑張っても今年のメジャーリーグデビューはないのだ。
その晩、亜美から魔法による通信があった。異世界の亜美の力を仮に受け取ったことで通信魔法(携帯電波)が制約無しに使えるようになったのだ。
「7億円って凄いね。数字が大きすぎていまいち想像できない。」
「数字が大きすぎてまったく実感も湧かないし、分割払いだからいきなりポンと渡されるわけじゃないからね。代理人にお任せだね。」
「レイザースって強いの?」
「いや、アメリカのドラフトってさ、最低勝率のチームから指名がスタートできるんだよね。それで俺が一番最初に指名されたわけ。では、強いチームでしょうか?ってクイズやな。」
「なるほど、弱いのね。下手するといきなり一軍?」
「うーん。今年はマイナー契約って『一軍』には行けません、って契約だからね。」
「ふーん。」
「それで、アメリカにまた行くんだって?」
「そ、下から2番目のルーキー・アドバンスド(R +)からスタート。プリンストンって街に球団があってさ、アパート暮らしだね。」
ま、万年最下位の球団の最下層のマイナーリーグからのスタート。本当はその上のショートA(A -)も検討されていたが大学生ではなく高校生ということでそこにおちついた。
ここからがまた、新たな「下克上」の始まりである。