俺たち(谷間世代)の「進化」、俺たちの「真価」。
偉大な先輩たちが去り、残された俺たちへの周囲からの評価は「青学は終わった」というものであった。もちろんそれに発奮してこその今がある。先輩たちがいた頃ほどの安定感は無いがどんな相手にでも食らい付いて勝利をもぎ取ってきた。
6回裏。1対1の同点。一番安武からの好打順。俺たちは簡単に円陣を組む。
「俺たちの価値は俺たちが決める。俺たちだってこれまでずっとキツいトレーニングに耐えてきた。連覇とか関係ない。このチームでここに来たのは初めてだ。だから掴み取ろう。俺たちだけの勝利を俺たちだけのために、俺たちだけの手で!」
おー!凪沢、カッコいいけどそれリンカーン大統領のパクリじゃね。
安武は強振すれどチェンジアップに引っ掛かってニゴロ。
二番三原はチェンジアップを見事に殺してセーフティバント。とにかくこいつの足は凄い。三番小囃子は今度は速球に合わせてレフト前に。こいつ俺より三番向きかも。ミート能力が高い。⋯⋯き、金属バットだからだけどな。(負け惜しみ)
あ、俺の番だった。プロ野球みたいに「間」を取れるわけじゃない。無死二塁一塁の状況にタイムを取って水鏡の内野手がマウンドに集まる。さては俺から併殺取る算段か。
中西は低めにボールを集めて1B2S。そのあとインハイにボールを外す。2−2なら来るか?フォーク。俺の身体を起こしてズドンか?
去年の夏。俺に打たれた落ちなかったフォーク。それで俺を二度打ち取ればある意味でリベンジ達成と言うところか。
アウトハイから美しい下降線を描くフォークボール。俺はしっかりと踏み込み、落ちたところを捉えた。本塁打にはならなかったけど右中間へ。相手チームの外野手の動きがいい。三塁は取れんか。
走者二人が帰って2点適時打二塁打。中西は動揺している。畳みかけるように続く帯刀がレフト線にヒット。俺がホームインする間に二塁へ。4連打で3点。4対1とリードをひろげる。ここぞの集中力こそが俺たちの進化の源だ。
8回、順調にいけばこの試合では最後の打席。場合によっては俺の高校野球公式戦での最後の打席かもしれない。二死走者無し。中西はしっかりとワインドアップしてからの投球。小細工無しの直球勝負。3点差なら高校野球じゃまだ十分に逆転できる範囲だと言うのに。真っ向勝負。いや、試合が「勝負」というなら俺との勝負は避けるべきではと思うが。いや、勝ち負け関係なく徹することができるのが、学生というか「若さ」の特権なんだろうか。
157km/hの豪速球。俺をねじ伏せようと繰り出される。そこには「驕り」もなければ「悲壮感」もない。ただ上を目指す「直向きさ」だけがそこにあった。。
3-2からの投球は渾身の直球。俺はまさに無心で振りぬく。ライトスタンドに飛び込むソロ本塁打。水鏡高校の応援席からはほぼ悲鳴に似た声が上がる。青学からはもちろん大歓声。中西はくたしがるどころか淡々としていた。すべての経験を糧としてやる。そんな彼の強い意志がびんびんと伝わってくる。
そして9回表、二死無走者。ここで抑えれば優勝。打者は中西。ここは当然ながら勝負。凪沢も直球勝負。それにこたえるかのごとく中西のレフトスタンドへ本塁打。それでも5対2。余裕があるから勝負した、これが凪沢の言い分。
そして最後の打者をレフトフライに打ち取って試合終了。
前人未到のセンバツ三連覇。嬉しいと言うよりホッとしたという感想しかない。
礼を終えると俺たちは三連覇を意味する指を三本立て掲げる。
夏は「泣く」担当だったので今回は控えた。泣いていたのは凪沢と捕手の祐天寺。そして新三年生。そりゃ重責を継いでしまった以上、ハンパない重圧から解放されたのだ。涙の一つも出るだろう。これまでずっと「谷間世代」と揶揄されてきたのだから。優勝投手に名を連ねた凪沢には素直におめでとうと言いたい。これが俺たち世代の真価なのだ。
その後閉会式。そして着替えてからのインタビュー。ああ、ホテルに帰ったら撤収作業が辛い⋯⋯。そんなことが頭に浮かぶ。
俺はこれからみんなを「裏切ろう」としている。そんな罪悪感が胸を刺すのだ。もちろん、みんながみんなそう思うわけない。自分の道は自分だけの道だからだ。
俺が夏の甲子園を目指しては「いない」と言うことはまだチームの誰にも言ってはいない。ただその「トゲ」が俺を無条件で喜びの輪に加わらせようとしないのだ。
運命の時は6月。メジャーリーグのドラフトがある。それにかかるということはすなわち、甲子園を目指す道への扉を閉ざすことになる。
なぜなら夏の甲子園の終わりまでプロ球団のスカウトと接触することは高野連の規定に引っかかることになり除名処分の対象になるからだ。