「月見草」の意地。
二番春日井はバレー部が主体でバレーボールでは天才レシーバーだという。だからってそんな球バントする?これで一死三塁。
三番遊撃手倉田。野球部が主体。あっさりライトフライ。安武のレーザービーム返球を嘲笑うかのように俊足の阿久津がホームイン。一点先制される。
四番、二塁手早尾。すでにこの大会で4本塁打。いや、金属バットでだから⋯⋯。(負け惜しみ)。胆沢、落ち着いていけ。二死無走者。歩かせてもいいぞ。
ただここは胆沢の迫力が勝ったのか、レフトフライ。胆沢が吠える⋯⋯じゃなくて吼える。
「強打者対決。」前回対戦した関東大会の準決勝前の記事では地方記事の片隅だったが、今回はスポーツ紙では同じタイトルで大きな記事として扱われていた。
試合前のいつものスポーツ紙チェックの時に後輩たちに感想を求められた俺の後ろから胆沢が口を挟む。
「打者同士で対決するわけねぇだろ。やつと対決するのはこの投手だ。」
はい、ごもっとも。おっしゃる通りですね。
2回表、打順は俺から。田原坂は敬遠なんてするつもりが無いらしい。ややシュート気味の4SG。初見じゃ打ちづらいわな。ただ俺には馴染みの球筋だ。インサイドのストレートを打ち返す。打球は吸い込まれるようにライトスタンドへ。ソロ本塁打。
俺がダイヤモンドを周りながら田原坂をチラ見すると笑みを浮かべている。球速表示は153km/hか。これならヤリよりも野球に転向した方が金になるんじゃね。
こちらは3回にも安武のソロ本塁打で逆転に成功。4回には俺の四球を足掛かりに帯刀の安打と胆沢が犠牲フライでさらに加点して3対1。
その裏、千葉法大附は安打の倉田を一塁に置いて四番の早尾が2ラン本塁打。一気に3対3の同点に追いつかれる。
6回、小囃子が一死から今日初安打の2塁打。俺が四球で歩かされたが後続がなく無得点。
逆にその裏、春日井が球に食らいつくかのような泥臭い安打で出ると倉田が送って四番早尾。外角低めの難しい球をライト線に流して2塁打。これで3対4。俺たちは再び1点のビハインド。胆沢としては下位打線は完全に抑え込んでいるだけになんとも歯痒い試合展開。
ただ、純粋に野球観戦に来たお客さんにとってはたまらなく面白い展開ではある。
そして8回。一死から三原が安打で出る。小囃子は四球を選ぶ。二塁一塁。さあどうする?俺は左バッターボックスに入る。まあ四球になっても構わない勝負というところか。
だが俺はすでに決めていた。四球を出したあとの初球を打つと。力任せのド真ん中。もちろん、終速が落ちにくい4SG。初見の選手じゃホップにしか見えんだろうが打てる。あ、これ「バットに乗せる」ってやつじゃない?再びライトスタンドへ。
今日2本目の本塁打は3ラン。一気に6対4と再逆転に成功。ちなみに甲子園でのホームランボールは係員さんが回収して打った選手に贈られるシステムになっているのだ。
そしてその裏、また一番阿久津から。もうどうにかしてこの子!今日3安打目の内野ゴロ。わかっていてもアウトにできん。そしてあっという間に一死三塁で倉田。ショートゴロだけど本塁間に合わない。6対5。
ここで四番早尾。胆沢、あっさり敬遠を選択。これは観客からのブーイング。しかし、意地悪そうな笑みを浮かべて意に関せず。そう、これが一番効果的な敬遠よ。ただ胆沢はこれまで3打席をしっかりと勝負しているので誰も「逃げた」とは言えない。「戦略的転進」である。今日まったくタイミングがあってない五番レフト沢城を内野フライに仕留める。というか胆沢も胆沢なりにというか長足に成長してるというわけだ。
9回裏も下位打線に出された代打攻撃を交わしきっての完投勝利。6対5で辛くも「逃げ切った」。
いや、マジで逃げ切った。下位打線も他のチームならクリーンアップで通用するくらいスピードのあるスイングだったし、これを無安打に抑えこんだのはやはり胆沢と祐天寺のバッテリーによるものだ。
祐天寺が汗を拭いながら言った。
「まあ、『腰掛け』の連中は派手な打撃はわかるだろうが打者との駆け引きまでは身につかないよ。捕手が野球部『専従』だったらやばかったかもな。」
中学でナンバー1捕手だった帯刀でさえ敵わない巧みなフレーミングと配球能力が持ち味の祐天寺。運動能力だけでは補えない部分が彼らとの差。山鹿さんを継いだからこそ、比較されて見くびられることも多いが俺たちの世代ではナンバー1捕手と言っても差し支えない。
準決勝第二試合は鉄腕中西を擁する福岡水鏡高校が勝った。明日の決勝の相手に決まった.
宿舎に帰ったらプロに行った先輩たちからの大量の「良い肉」の差し入れが届いていた。個人的には今日一で燃えた場面がココ。