「魔法」の試合、次に来たのは「錬金術」?
かつて剣豪宮本武蔵のエピソードに「一乗寺下り松の決闘」というのがある。武蔵が当時の将軍家の剣術指南役である吉岡家の道場の門下生六十余名と戦ったというやつだ。今回はまさにそれ。一人で二十余名の魔法使いと戦うわけで。
ただこちらから仕掛けるにはリスクが大きすぎる。6回。立ち直った凪沢はヒット1本に抑えてしのぐ。その裏はうちの攻撃は三原から。鮮やかなレフト前ヒット。山波はネクストサークルの俺をチラ見している。こらこら、俺にガン飛ばさんと打者に集中せい。もっとも、打者に集中させないのも俺の仕事ではある。あ、これは魔法というよりは「存在感」で、という意味である。
ほうら、言わんこっちゃない。小囃子の打球はレフトスタンドへ。ついに逆転。そして俺は敬遠の四球。これで俺は相手の妨害魔法を「解除」していけばいいだけだ。
と、思いきや、7回表、平安の一番山前は再び魔法をかけて登場。なるほどスタンドの控え選手から魔力の譲渡があったか。法具の数珠に魔力をチャージして発動するわけだからできんことはない。マジか⋯⋯。俺は一塁ベースに回避魔法をかける。加速魔法で駆け抜けた山前は一塁を「偶然」踏み外してアウト。二番も「たまたっま」同じミスでアウトになり、やっと気がづいた一塁コーチャーボックスにいた選手が解除魔法をかけていた。
結局、この回を無失点で切り抜ける。9回は俺がもう一度登板。変則リリーフでなんとか顕真大平安に5対3で競り勝ったのだ。
礼を交わしたあと、彼らは何か言いたそうではあった。ただここはお互い何も言わないでおこうという空気。墓場まで持っていこうぜ。
準々決勝の第二試合は早尾慶次郎の千葉法科大附属が勝ち、明後日の準決勝で俺たちの対戦相手となることが決まった。
とりあえず1日休みがある。練習用にグラウンドをもう1日借りておけばよかったか。
和やかな雰囲気でミーティングと軽くランニングやストレッチ、素振りなど調整メニュー。準決勝、決勝は2日続けて行われる。前人未到の選抜3連覇まであと二つである。
4月3日。桜も満開になった暖かな日、準決勝第一試合。
関東のチーム同士の試合ということもあって地元での盛り上がりは今一つだが、さすがは準決勝。満員のお客さんである。今日はこちらが先攻である。わが校の応援団も準々決勝から泊まり込みの人も多い。吹部とチア部も早々に陣取って準備に余念がない。
試合時間が近づくにつれ、お客さんもどんどん増えていく。アメリカに渡れば南フロリダチャンピオンを目指す戦いが待っているのだが、これほど大勢の観客の前でやるわけじゃない。
礼を交わすと試合開始。相手の先発は右のエース田原坂。前回は関東大会の準決勝で対決してこちらが勝っている。彼らはシーズン制の部活動のため野球専従と言える選手はほとんどいない。もちろん、野球がメインという選手も半分くらいであとは運動神経にかまけて野球に殴り込みをかける他種目の選手だという変わり種ばかりである。
「なんかいちばん負けたくないタイプのチームですよね。」
帯刀の呟きが皆の心情を見事に表していた。確かに。負けたら「一年中野球やってるくせに勝てねぇとか(笑)」、あるいは「人間として負けてんじゃん(笑)」とか言われそうだよな。でも、流石に甲子園に出るからにはそれなりには仕上げてくるはずである。
一番安武は田原坂の直球に振り遅れる。直球しか投げられないという話だが、完全にジャイロ回転している。陸上の槍投げでは高校日本一と言われているだけはある。いや、しっかりと理にかなった野球の投げ方である。
あっけなく三者凡退。ただ「あっけない」のは結果だけで十分に球筋は見極めていたようだが。
「回転数は健さんよりありますね。ただ、健さんの球の方が回転の質は上です。」
なるほどね。恐らく「回転の質」というは俺のジャイロ回転の回転軸の方がより進行方向に対してまっすぐだという意味だろう。
こちらの先発は胆沢。休養十分で投げるため肩が軽そうだ。ただ「素人」に打たれて熱くなると困るなぁ。
一番中堅手|阿久津。100m走千葉県チャンピオン。右投げ左打ち。完全にボテボテの三塁ゴロだが内野安打。まるで「加速魔法」でもかけたかのようだがこれが素だから困る。
一球ウエストしたんだが余裕で二盗成功。三塁ゴロが2塁打に化けるなんて、魔法どころか「錬金術」だろ。