自分を曲げない男たち
2回戦と3回戦の間が長い。5日後の3/28が3回戦。しかも相手が地元大阪代表。坂田さんが抜けた大阪桃林は今回は出場権を得られず理想舎高校という新興勢力が出場。ただ、そこのエース藤村昇吾が仲々の逸材。
超高校級と1年生の時から騒がれていたのに直球以外を投げるのを拒否し続けてこれまで陽の目を見なかったという変わり者だ。ようは監督と揉めて1年生のうちに転校して昨年は規定によって公式戦や対外試合に出られなかったのだ。
彼が変わったのが俺の存在だという。俺が高校野球をすっ飛ばして社会人、インコチ杯に出たのを観て、「こういう格好の付け方もあるのか」と開眼したのだという。
せやな、ちな俺は人生2周目だからな。1周目でそれに気づくお前の方こそ凄いわw
そして150km/h超えの速球、いやこの大会で155km/hをマークするのではないかとさえ言われる豪速球を引っ提げての挑戦だ。
お、⋯⋯おう。まぁ敬遠とどっちがいいのかは現場で考えるわ。とはいえ、藤村は2回戦でノーヒットノーランを達成しているので巷ではいわゆる「矛盾」。「最強の矛」と「最強の盾」はどちらが強い?ということになっているらしい。答えは「時の運」でしかないのだけどね。お互い選手として完成していない以上、比較は無駄でしかない。その日のコンディションも球場も試合に大きな影響がある。これが野球というスポーツの奥深いところだ。
そんなことより、むしろ俺は自分の試合よりも先輩たちのプロデビューの方が気になる。山鹿さんと伊波さん、そして能登間さんは開幕一軍になったのだ。住居さんと中里さんは二軍スタート。
試合は第二試合。凪沢のクジ運に感謝だ。先発は胆沢。
「胆沢、相手は世代最速左腕だぞ。イケそうか?」
「ふん。お前こそ、自分より上を認めんのか?」
なるほど。彼はつづける。
「スピードは関係ないだろ、『勝った方が上だ』。お前ならそう言いそうだと思ったがな。」
「なら点を取れよ。四番(打者)はお前なんだから。」
不機嫌そうな表情で立ち去る胆沢を見送る。
「健、胆沢を煽るのはほどほどにしてくれよ。俺は山鹿さんほど『女房優位』じゃないんでな。」
捕手の祐天寺に釘を刺される。
「悪いな。付き合いが長いとついな。」
付き合いだけなら前世を含めれば軽く30 年以上だからね。
「でも健のおかげで胆沢も好き勝手にはできないし、逆に胆沢のおかげでみんなお前に気兼ねない態度で付き合えるし、お前たちはいちばん遠くて近い関係かもな。」
「キモいからやめてくれよ。」
ま、総じてそれを「ライバル」と呼ぶのだろう。「好敵手」の漢字がここまでしっくり来る関係はそうはないのかもしれない。
地元大阪のチームの出場で甲子園は超満員。
胆沢は異様な雰囲気をものともせず初回を三人でキッチリと抑える。
その裏、藤村の第一投。152km/h。表示に歓声というかどよめきがわく。表の胆沢の154km/hを超えてきた。うーん。のっけからこれかい。ただでさえ不利な左対左。大丈夫か?安武。
いや、速球に逆らわない綺麗な流し打ち。レフト前ヒット。あ、そう言えば後輩たちも「天才」なの忘れてたわ。
右打席に入った三原が速球をバットで打つ、いや叩きつける。ワンバウンドした打球はファールゾーンへ。無死二塁一塁。三番小囃子がこれまたキッチリと送って一死三塁二塁。さあ、ミスターノーノー。どうしますか?
藤村は捕手に座れとジェスチャーするとセットアップから投げる。セットアップからの球速はやはり落ちるか。ただ低めにストライクゾーンが広い球審なのでストライクを取られる。ぜってーボールだろ。いや、セットアップの時は制球力が上がるタイプか。
2B1Sからの4球目。良い球だ。いや、ミリ単位でスイートスポット外されたか。大きく上がったフライはフェンスに背を預けた外野手のミットへ。しかし、犠牲フライには十分な飛距離。先制点の奪取に成功。
同じ高校生だと舐めてかかって「選球眼魔法」だけでなんとかしようとしたのが間違いだったか。プロでもここまでしっかり回転がかかった球はなかなかいない。やはり、藤村もまた「天才」なのだ。