合同自主トレ
俺が渡米直後の冬休み明けに青学の選抜出場が確定。恒例のグラウンドで「健闘を誓う部員たち」の写真がメールで送られて来た。おお、帽子を飛ばしてる。
先輩たちはやってなかったから凪沢のアイデアかな?ちゃんと帽子に名前書いとかないと後で探すのがメンドイぞ。
でも日本は寒そうだなぁ。こっちはTシャツで十分とまではいかないが暖かくていい。俺は今日は屋内でマシントレーニング。トレーナーのトムが俺に声をかける。
「調子はどう?」
「天井じゃね。」
室内だから上には天井があるというド定番のアメリカンジョーク。
「ついでに言えば照明もな。今日はオーナー(ケント)が来るらしいぜ。聞いてたか?」
それは初耳。アメリカに帰国していたから日本へ渡る前にこちらに立ち寄ってもおかしくはないが、確かロスの自宅の方に帰っていたはずだから、方角的にはわざわざのお越しのようだ。
結局、ケント夫妻と一緒にランチをすることに。
「健、亜美とのデートはどうだった?家政婦さんがいたから悪さはしていないと思うが⋯⋯。」
「するか。やっても合意の上でやるわ。」
ケントの要件は日本人プロ野球選手の「通訳」のバイトをしないか、ということだった。月末までで、一緒にトレーニングしながら日当3万円だと言う。俺は二つ返事で請け負った。 自主トレ時期にトレーニングマシンとコーチが充実してるのでメジャーリーガーの中にもこのアカデミーと契約して使う人もいるが、日本人とは珍しい。
「おーい、みんなこっちだよ。」
へ?現れた日本人はこともあろうか先輩たちだった。
「何やってんですか?」
俺は素で聞いてしまった。
「何って?自主トレに決まってるだろ。」
伊波さんが俺の「狐につままれた」的な顔に笑いながら言う。
「狐につつまれたような顔をしやがって。」
能登間さんが「ボケツッコミ」を入れる。
「狐に包まれたらモッフモフですわ(※)。じゃなくて!新人さんは球団の『合同自主トレ』があるじゃないですか。いいんですか?」
中里さんが「ヘーキヘーキ」と即答。
「国内は寒くてな。普通の新人はトレーニングのノウハウがないから一同に集められるだけで、きっちりとしたトレーニング施設なら良いということで許可してもらったよ。」
とりあえず俺が「通訳」と「案内役」ということになってしまった。先輩たちは自腹を切って三週間で100万円くらい出すらしい。泊まりは近くのホテルなので宿泊無しでさすがに高いだろ。ただ年間契約らしく今年いっぱいは使えるって、日本からそうそう来れるかい。
「健、身体には金は掛けなきゃ。⋯⋯って考えてみたらお前がいちばん掛けてるじゃないかよ。」
と中里さん。あ、忘れてた。俺なんかすでに借金1千万円ですよ。プロになれなきゃ自己破産コースです。
案内役といっても母校にも同じような施設が有ったので慣れるのにさほど時間はかからない。主に身体づくり、体力づくりが目的だからだ。トレーナーの指針の説明の時は居合せて通訳する感じ。
「あーあ。俺も健みたいに若い時から留学しとけばよかった。まあ10代で借金1千万円を背負う度胸はないけどな。」
住居さんがつくづく、と言った感じで言う。いや、青学も十分施設が充実してますけど。
「実はお前が毎年のように通っているから一回来てみたかったんだよな。施設もさることながら、やはり気候は素晴らしいな。」
山鹿さんに言われると実家を見られてしまったような恥ずかしさはある。
思わぬ合同自主トレで俺も思いのほかトレーニングに打ち込むことができた。やはり良い刺激があるとはかどるものだ。
2月のキャンプインに合わせて先輩たちはそれぞれのキャンプ地へと旅だって行った。皆さん今回の合同自主トレがいたく気に入ったようだ。
「健がここに毎年来る理由がわかったよ。これさ、俺たちの毎年の恒例にしようぜ。来年は健もプロのはずだから、また通訳頼むわ。」
「バイト代は貰いますからね。」
2月は一人になりそれはそれで集中できる。俺も12月からの足掛け3か月で体重が6kgほど増えた。身長も193cmに到達。さすがにここからはそうは伸びないだろう。
そして、俺も日本への帰途へ。最後の春の甲子園に挑む。一冬越して一段と進化したライバルたちと戦うために。
※(自作品で作者が必ずやるギャグ)。