仁義なき戦い?
準決勝の相手、広明高校は攻守の要として京極直道を擁する。学年は俺と同じ二年生である。左腕にいつもテーピングを巻いているちょっと変わった選手だ。
「怪我でもしてるんですかねぇ?」
俺がスポーツ新聞をチェックしながらふと尋ねると伊波さんが言った。
「いや、あのテーピングの下に刺青が入っているって噂やぞ。ちなみに背中にも入っているっていう。」
いやいや、いくらなんでもそれは無いでしょ。
「あの学校は温泉宿が宿舎になってるのに大浴場で京極の姿を誰も見たことが無いらしい。本人は『火傷の跡』と言っているらしいが。」
タトゥーねぇ。国際試合でもアメリカでもやってる人はやっていたのであまり抵抗感は無い。ただ、高野連とかはうるさそうだな。
「うるさいも何も、校則で禁止なのが大前提なんじゃないのか?」
珍しく中里さんが俺たちのバカ話に入って来た。
「京極が中学時代相当な不良だったのは事実らしい。京極の『極』と直道の『道』で極道と言われてたとかそうでなかったとか。⋯⋯まあ、それをひけらかして脅しをかけるみたいなことがなければ個人の自由だろうな。」
中の人的には広島で極道だと深作欣二監督の映画で有名な「仁義なき戦い」か。そのせいで広島弁てなんとなく硬派なイメージがある。きっと先輩たちは観たことないと思うけど。
先発は胆沢。先日のゴタゴタで先発を「飛ばされ」たら後々まで響くだろうなぁと心配していたので良かった。恐らくは監督ときっちり話し合って十分に反省の「色」を見せたのだろう。たとえ反省はなくとも「色を見せる」のは大事だ。
京極は予選でも甲子園でも三振の山を築いててきた。予選で一試合16奪三振とか甲子園で二試合に跨いでだが12連続三振とか取っている。球速は130km/hそこそこなのに。
いわゆる「ノビ」のある球と言われている。
この試合はこちらが先攻だ。伊波さんも能登間さんも三振と二ゴロ。珍しく打ちづらそうな顔だ。俺も打席に立ってその意味がわかった。ストレートを中心なのだが、いわゆる低めに落ちるジャイロ回転のストレートと、ホップするように変化する完全なバックスピンのストレートを投げわけているのだ。早い話が俺と同じ攻め方なのだ。
しかし、違うのは球速。俺の場合は初速が150km/h近い球のため、ホップする前にミットにおさまってしまうが京極の球は初速が遅いため十分にホップしてくると感じられるのだ。そうか、球速が速いだけが能じゃないのね。
これが「ノビ」ってやつかぁ。
⋯⋯感心していたら三振していた。
一方の胆沢はもはや「速球番長」。俺に対抗してとにかく球速を追求してきた。最初の一巡目は心配ない。リーグ戦なら分からないが、初見で普通の高校生がいきなり打てるボールではない。バッティングセンターだって打ちづらい150km/h。しかも「生きた球」だ。
最初に試合の扉を開けたのは我々青学だった。何しろ、相手の投球のメカニズムと、その狙いを知っているからだ。
4回の2巡目。先頭打者の伊波さんは難しいホップするバックスピンをセンターに返すヒット。続く能登間さんも芸術的なセーフティバントで無死二塁一塁の大チャンス。ここはチャンスを広げる四球でもいい。
ただ、俺の脳内にはケントの言葉がこだまする。
「健、派手に活躍した方がより次のステップへと推薦はしやすくはなるだろうね。」
ここは注力すべきポイントだろう。俺は念入りに魔法制御を施した。