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左対左。

「ほぉ、なめたマネするやんか。」

坂田さんの顔にはまるでそう書いてあるかのようだ。


 左投手に対する左打者の不利さ加減は日本プロ野球機構(NPB)のデータからも明らかだ。例えば左打者が本塁打を打つ確率は対右投手の3割程度にしか過ぎない。70%減と言った方がイメージしやすいだろうか。


 坂田さんはゆったりとした動作で投球を開始する。大きなワインドアップ。しっかりと足をあげるが軸はまったくぶれない。細身の体の体幹部分がきわめて強靭に鍛え上げられている証拠だ。


 そこからまるで絞られた弓から放たれる矢のようにボールが迫りくる。インハイの速球でボール。


 俺の中で完成した魔法式が発動する。俺は左投手でもあるからわかることがある。「一番打者は左打者が有利」といわれるのは野球が「左回り」のスポーツだからだ。カーブを持ち球にする右投手がほとんどの世界で、左打者はインコース打ちに慣れきってしまい体を外に倒しながら打つくせがつきやすい。そうするとフォロースルーの後、すぐに一塁方向へ走塁する態勢が整うからだ。だから打率が高くなるように思える。


 しかし逆に言えば、踏み込まなければ打つことができない外へ逃げる変化球が苦手になってしまう。それが左打者が左投手に弱い原因の一つだ。だから左打者へは外へ逃げる変化球、つまりカーブやスライダーが有効と見ているだろう。その布石としてのインハイ。


 つまり次はしっかりと踏み込めないと打てない球が来るのだ。

俺は少し打席の前よりに立ってボールを待つ。再び坂田さんの腕が高々と上がる。きっと昭和なら「通天閣」とか呼ばれていそう。


 来た。待っていた球だ。俺はしっかり踏み込み、しっかりと腕をたたんで(ボール)の変わり(ばな)をたたく。芯をくったときになる木製バットの「快音」。狙いはセンター返し。双方の応援席から悲鳴に近い声があがる。


 高く上がったボール。フェンスまで一直線に走る中堅手。フェンスに背中をあずけ、見上げたそのさらに上に打球が突き刺さる。


 サヨナラ2点本塁打(ツーラン)


 俺はしっかりとベースのキャンバスの感触を確かめながらダイヤモンドを一周する。俺の本塁帰還を確認すると主審(アンパイア)試合終了(ゲームセット)宣告(コール)した。


 礼が終わると坂田さんはチームメイトに先に泣かれてしまい、泣くタイミングを逸してしまったかのようにスコアボードを確認していた。


 監督、主将の「様式美」的インタビューの後、身支度を整えている間に記者たちとの受け答えをする。

 俺は最後の打席で左を選んだのは監督の采配かどうか訊かれた。

「いいえ。左打席でいけばあるいは坂田さんが油断してくれるかもしれないと自分で判断しました。あの2球目を投げてほしかったんです。センターへ抜ければ良いと思ったんですが、いい結果になってよかったです。」


 翌日、スポーツ紙を全種類買ってみんなで回し読む。坂田さんのコメントが残っていた。


「今日のところはこれくらいにしといたるわ。」

そう言って笑ったらしい。

「それ、悪役のセリフですやん。」

と記者につっこまれると

「ええんや。今日は花を持たしてやったんや。夏までに5キロ、プロで10キロ、球速(スピード)上げて次はめったんめったんのぎったぎたにしたるわ。」

いかにも坂田さんらしい。


 関西版なので勝った青学より負けた桃林の方がメインである。俺のことは?

ネットで由香さんの記事を読む。

「『左様(サヨ)ナラ』本塁打で青淵4強へ」

という題だった。あえて左打席を選んだ俺の話になっていた。山鹿さんが俺を評した「打つべき時に打てる」強さについてだった。


 準決勝の相手は大門さんが率いる横浜学院高。好投手が続く。また苦しい戦いになるのだろうか。胆沢の先発だ。


「そういえばだれだよ。コンビニで新聞買ってきたやつ?」

伊波さんがお冠だ。

「スポーツ新聞は駅で買ってこいよ。『駅売り』はエロいページが入ってんの知らんのか?」


 みんなが一斉に顔を上げ「くわっ」という顔になる。ようは「しまった」「そんな情報先に言え」という顔。……いや、そんな情報知ってる高校生の方が嫌なんですけど。





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