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一勝の格差と一点の落差と。(神宮大会決勝)

 東郷監督のバッグに神宮大会特集号の雑誌が刺さっていた。許可を取って開いて見る。四国代表のページに目をやると土佐致道義塾の監督インタビューと主将の犬養大和さんのコメントが載せられていた。


 「ベストチームだ」という言葉に相手監督の自信の程が窺える。土佐義塾は極めてバランスの良いチームでもある。基本に忠実でチームとして意思が統一されており走攻守どこを取っても強い。


 気になるチームとしてうちの名を挙げていた。甲子園で二度も苦杯を喫し、春の甲子園に共に出場が決まっているので当然だろう。監督の「なんとか勝たせてやりたい」という言葉にその強い思いが滲んでいる。


 主将の犬養大和さんのコメントも同様で中里、山田のバッテリーに勝ちたい気持ちを語っている。高校の日本代表でも一緒だったのだから当然だろう。これまで2試合はいずれも1点差で負けている。


 その届かぬ一点のために練習を重ねてきたのだろう。今の彼らには自信があふれてみえる。

沢村(ケン)、気をつけろよ。あいつらかなり乱暴(ラフ)なプレーが多い。」

 中里さんが俺に警告する。もちろん、監督からも聞かされれていた。彼らのラフプレーはかなり巧妙で、練習を積み重ねてきたものだという。


 投手も厄介だ。シニアの時に対戦した荒れ球投手、大神亮輔(おおがみりょうすけ)、そして「女房」というよりは「猛獣使い」というべき捕手に犬養太知(いぬかいたいち)のバッテリーが土佐塾に入っていたのだ。


 実は大和さんと太知は兄弟で、山鹿世代の一つ上(3年生)の投手、長兄の武尊(たける)さんを含め地元では「犬養三兄弟」として有名なのだそう。3人連続年子とか、ご両親どんだけ「仲がいい」んだよ。


  決勝戦。吹部やチアも応援に来てくれている。甲子園と違い近場なので中等部も参加できるらしく、妹の美咲も来ているらしい。その話になぜか伊波先輩が食いつく。

「お前の妹ってかわいいの?」

「顔がかわいいと思うかどうかは個人によって変わるでしょうね。最近生意気な口も利くようになったけど、それはそれでかわいいかと。」

「そうか?俺も妹も弟もいるけど年が離れてるほうはかわいいけど、近けりゃ近いほどむかつくけどな。」


「確かに俺が野球やってるせいで親の労力を妹の分も奪っている形になってますからね。小さい頃は何かと恨まれてはいると思いますが、最近は兄関連でいい思いをすることも多少あるみたいで満更でもないようですよ。」


「確かに山鹿(タク)の妹もそうだな。ちっこいのが。8歳だか9歳離れててさ。大の中里(ダイチ)ファンでさ。中等部(シニア)時代(ころ)はよく遊びに来てて中里(ダイチ)に抱っこをせがむんだよ。それで抱っこされたときの顔がしっかり『女性(おんな)』なんだよな。」


「そりゃ中里(ダイチ)さんガチのイケ面ですしね。それくらいの役得があってもバチはあたりませんでしょ。」

 

 こんな「妹談義」になるあたり、昨日作人館にリベンジを果たしたことでだいぶ余裕が出ているようだ。先発オーダーが発表されると土佐塾側は明らかに落胆した顔を見せる。中里(ダイチ)さんがマウンドに立たなければリベンジにならないといわんばかりだ。


 胆沢のほうも昨日の本塁打で余裕が出ているのか、リラックスした感じだ。

ところがのっけから相手がしかけてきた。


 土佐塾二番の東選手が(ショート)ゴロで一塁に全力疾走。一瞬遊撃手の送球が遅れる。一塁を駆け抜けようとした走者が、ベースカバーの俺の足を蹴り上げたのだ。足が離れればセーフになると思ったのか、いや、完全に俺の足をつぶそうと狙っていたかのような「キック」だ。なにしろ着地した右足を軸に左で蹴上げたかんじだ。


 ただ「残念」だったのは一塁手が俺だったことだ。「体表硬化魔法」がかかった足なぞ蹴上げたら金属の棒を蹴上げたようなダメージがそっくりそのまま自分に返ったことだろう。俺は接触の感触があっただけ。痛くも痒くもない。


 一方、走者はそのまま地面にダイブしてしまい、転がったまま動けなくなる。東選手はそのまま負傷交代となった。わざとかそうでないかは俺から確認の取りようもないが。


 荒れ球投手、大神はますます制球も考えずに投げ込んでくる。受ける太知のミットさえめがけて思い切り腕を振るだけだからだ。


 ただ、こちらも作戦を考えていないわけじゃない。1番に能登間さん、2番に俺、3番に伊波さんとオーダーを組み替えたのだ。


 能登間さんは絶妙なプッシュバントで塁にでる。なにしろ三塁線の上でボールがクルクルと回転しながらゆっくりと進んでいくのだ。野手がとるか見送るか逡巡(しゅんじゅん)しているとやがてフェアに転がっていく。2回に一度は成功するというから驚きだ。


 感心している場合じゃない。俺は左腕の大神に対して右打席に向かった。


 


 



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