桎梏の時が見せる夢1(ラヴィロア12才)
すみません。
某所でサブタイトル同じの別バージョン違いを読まれた方。
……すべて忘れてください。
「やあ、来たね」
即位三年を迎える国王シーヴァエドナ十一世グリーダ・エスファナは、初々しい正装姿のラヴィロアを迎えた。
国王の日常の生活の場であるそのフロアに通されることは、国王の打ち解けた友人と、宮中に侍る女たちぐらいの者であろうか。気まぐれに愛を交わす国王に取りいって、形ばかりの称号を得た高級娼婦らも堂々として、この頃のラーフェドラス宮廷は衰退の前の爛熟した華やかさに満ちていた。
「この度のことは、誠に残念だ。ベィデノン候爵夫人も、きっと心残りだろう。せめて公爵が成人するまでご存命でありたかっただろうに」
それは、ラヴィロアの祖母であるロザリン・ベィデノン候爵夫人の服喪が明けて間もなくのことである。
「領地より王都に参りまして早々、陛下の謁見の機会を賜りました事、有り難きことでございます。また、この度は、身罷りました祖母への弔意のお心遣いばかりでなく、直々のお言葉まで賜り、誠に痛み入ります」
跪礼にて挨拶を述べる、まだ子供らしい表情ながらも古家の当主に相応しい毅然とした少年に、国王は云った。
「そう堅苦しくならずともよい。
招いたのは私のほうだ。そう格式ばるな」
国王は、少年に笑顔を向けた。
「ここは私のプライベートな場所だ。王が許すと云ったのだから、楽にせよ」
侍従が国王の指図を受けて、ラヴィロアに椅子を勧める。
だが、ラヴィロアは固辞し、姿勢を崩さない。
「候爵夫人から、よほど厳しく躾けられたと見える。
宮廷人として、大人の中で立ち回るなら、それくらいの気概は必要なのだろうな。
ところで本題に入るが、公爵家の筆頭の従家はガラナ候爵となるであろう?
彼を公の後見と見なしてよいか」
ラヴィロアは問われて、即答した。
「いえ、陛下。この身は若輩ながら、当主として独り立ちせよと祖母から言いつかりましたので。
何分、ガラナ家と祖母は縁が薄くございますので。どうかお察しください」
古家には、その血統の維持のために、公爵家の当主から血縁の近い家系二系統から三系統を侯爵、伯爵に任じ、それを従家となす。
通常は、当主を継ぐ者の兄弟がそれを担うが、兄弟の無い場合、先代の従家がそれを引き続き担う。従家の縛りから外れた家は、当主の死まで侯爵、伯爵を名乗ることができるが、その後継者は貴爵位に任ぜられる。ただし、夫人の称号は当主の死後も許される。
しかし、ベィデノン侯爵夫人は、ガラナ侯爵を信用してはいなかった。
病床にある間も、何かと公爵家の采配に干渉し、隙あらば一族の当主の権利を我が物としようと狙っていた。
侯爵夫人の睨みと、家令として一切を取り仕切るサディール青貴爵によって上手くかわしてきたが、現時点で、後見として正式にラヴィロアの補佐をする事になれば、ラヴィロアを傀儡として一族の実権を握ることは目に見えていた。
「そうか。後見などいらぬか。
そなたの家令は、ベィデノン侯爵夫人の甥御であったな。身分こそ青貴爵だが、古家の血は濃いと聞いた。そのような事情なら、そなたの家令の爵位を引き上げて、一代限りの伯爵位を任じてもよいが、どうだ」
「お心遣いはありがたく思いますが、我が家の家令は、あくまで我が家にしか居りませんでしたので、宮廷での後見としては、他家の手前、かえって問題を生じることでしょう。
そのお心だけを、頂戴しておきます」
十二才の少年としては、完璧な返答であった。
国王は、その思慮に興味を持った。
「公爵家の事情など、余も宮女らの噂話で耳にしている。公爵家の奥方であったそなたの祖母と、第二夫人の確執がどれほどのものであったか。
せめて、先のルーサザン公に、いま一人の同母の兄弟が居れば心強かったものを。
しかし、きみのような幼い者が無理に宮廷に侍る必要もないが、さりとて領地に籠もりきりというわけにもいくまい。公爵には修道騎士団の職務もあろう。
それを口実に、従家が家業の全体の経営にも立ち入ってこような。
いかに、優れた家令が居ようと、公爵家の後見として認められた者の采配に従わぬことは出来ぬであろう。
公爵は、年齢に似合わぬ器量を持つようだから、たとえそうなろうと、相応しい年齢となればじきに実権を回復するだろうから、それは杞憂というものだろうが。
今、ガラナ候爵を牽制しようと思えば、他家にパイプを築くという道もあるが、この華やかな孔雀の園には、孔雀の羽を纏ったハゲタカも多い。
後見として、庇護を求める相手は、少しでもこの国に対して大きな権限を持つ者が良いだろう?」
国王は、少年の態度を嘗めるように観察しながら、その身の上の危うさを説く。
少年にとって、国王のその指摘は当然のだが、とりたててそれをこの場で強調する真意は測りがたかったが、それにどのような意図があろうと、その興味を味方につけることは有益と思えた。
「だから私は、きみに、この宮廷での仕事を与えようと思うが、どうだろうね。
その代わり、私がそなたの身の上の後ろ盾となるが」
少年に与えられた宮廷においての仕事とは、王弟ランディラ公爵グラーノ・カレルナの学友として、定期に王宮に出仕する事だった。
ラヴィロアは、その職務について明かされて、ほっとした。
その職務は、確かに王弟と同年代のラヴィロアでなければ務まるまい。
グラーノ殿下の許に招かれるのは、これが最初ではない。
三年前に国王が即位し、王弟としてグラーノ・カレルナがランディラ公爵の座に就いた頃から、誕生会やピクニックなどには時折招待されていたし、勉学に関する視察や観覧にも同行したこともある。
国王は、それを公式に依頼して職務とすることによって、少年の地位を安定させ、そしてゆくゆくはルーサザン公爵として盤石たる地位を築くであろうラヴィロアを、自らの手駒として育成する意図もあるのだろう。
だが、一方で、国王が王子を授かり、ルーサザン公爵が宮廷にある程度の立場を確立することとなるなら、第二位の席に退く王弟との極端に深い交流を持つことは、生まれ来る王子にとって脅威にもなろう。
いくらラヴィロアが子供だとはいえ、公爵家に関わる従家らの野心や欲望、そして宮廷に漂う気を許せぬ視線にさらされてきた身であれば、それを推察するくらいの知恵はあった。
それは過ぎたる危惧かもしれないが、国王には、ラヴィロアが国王に対する忠誠を負わせるにかなう存在となる確証があるのか。
まだ、アストレーデが王弟、あるいはまだ生まれぬ王子のどちらに開示されるものかもわからない。
国王は、ただ単に、古家のこのまだ弱い立場の少年を、王家の忠実な従者となすつもりなのかもしれない。
いずれにしろ、それは、貴族としての栄誉だけに留まらず、宮廷内に人脈をつくるための最初のステップとして、ラヴィロアは当然受けるべき王命なのであろう。
自然戒律による医療制限の縛りは、いつでも突然の国主の崩御の危険をはらむ。
ゆえに、王家内部での過ぎたる抗争は、血族の滅亡を招き、王権の他家への移譲に結びつく。
ラヴィロアは、瞬時に答えを出した。
「陛下、この身で叶いますならば、ぜひお役にたちとうございます。
殿下の友として、ともに優れた教授陣の叡智に触れる機会まで頂けるならば、この身にはお断りする理由はまったくございません。
陛下のご恩情に対して、さらなる感謝を申し上げます」
儀礼にのっとり、恭しく頭を垂れるラヴィロアを、国王は冷めた目で見下ろした。
「大げさな世辞などいらぬ。教授の質なら修道会のほうがいくらも勝っておろう。
修道会のお飾りの人形のお前は、かの学術図書院長であるノーダヴィダ大公の講義も受けたのであろう。今度、本山にお越しの際は、我が弟にも、講義を受ける機会を作ってやって欲しいものだ。
それに、覚えておくがよい。
そなたのように幼い者が、小賢しい風情で型どおりの世辞を口にするなど、時によっては皮肉にもなるのだ」
国王は椅子より立ち上がり、ラヴィロアの前に膝を付き、その細い顎を片手の指の先で押し上げた。
少年の顔を、王の視線がまっすぐ射貫く。
「子供らしくにしていればよい。……お前はな」
耳許で囁かれ、ラヴィロアは背筋がゾッとした。
その恐怖の正体を、ラヴィロアはどう判断していいのかわからなかった。