透過する小さな世界2
再び目を開けた時、そこは自分の部屋のベッドの上で、祖母ベィデノン候爵夫人が一番最初に目に入った。
若君の手をしっかり握っていた祖母は、目を開けた若君を見つめていた。
「良かった……」
何が起こったのか、若君は分からなかった。
ただ、知らない男と話していただけだ。
何を話していたかは忘れたが、祖母に怒られるのだとまず思った。
そして、たまらなくお腹が空いていた。
「お婆様、ごめんなさい。勝手に遊びに行ってしまって」
「大丈夫なのね、どこも痛くはない?」
小言も厳しい言葉も無く、ベィデノン候爵夫人はただ涙を流して、その小さな頭を胸に抱いた。
叱られないのだと分かると、ラヴィロアは言った。
「お腹が空いたんですけど……」
するとベィデノン候爵夫人は、これまで若君が一度も見たこともない優しい眼差しを向けた。
「本当に、大丈夫なのね、本当に良かった」
そう言うと、また泣いた。
どうやら、若君は、とんでもない事をしてしまったらしい。
それだけは、ようやく理解した。
その出来事から間もなく、母であるルーサザン公爵夫人が若君のもとに帰ってきた。
母は、若君を抱きしめて、それからすぐにベィデノン候爵夫人に、これまで聞いたこともない怒りにまかせた声で話しはじめた。
その話の中で若君は、ほんの少しの間、と思っていた時間が、三日間であった事、そして、若君が宇宙海賊に攫われた件について『ほあんぶちょう』の責任を問わねばならない事を聞き取った。
『ほあんぶちょう』はラダックのお父さんである。
そして、責任を問うとは、要するに叱られる、みたいな事なのか、と思った。
「ラダックのお父さんは悪くないよ。ボクが知らない人と話したのがいけないんだ」
若君は母に訴えた。
すると、ベィデノン候爵夫人は新しく母親が連れて来た教育係を呼んだ。そして、教育係に手を引かれ、部屋を出て行かされた。
もう、邸宅のどこでも、若君がひとりになる事は無かった。
ラダックやみんなと遊びたいと思った時、一同は若君の遊び相手として邸宅に招かれた。
若君はもう、みんなの中の一人ではなく、若君のためのみんなだった。
遊ぶ事それ自体は変わらないのに、みんな若君を中心として、気遣いをするのが感じられる。
前のように、楽しくなかった。
そして、何より悲しかったのは、ラダックがよそよそしくなってしまった、その事だった。
その事を気に掛けて、いつもの元気がない様子の若君を見かねたのか、メイドの一人がそっと教えてくれた。
あの事件の責任を取って、ラダックの父親が死んでしまった事を。
その時、若君の頭の中から、サーッと何かが引いていった。
ラダックのお父さんは悪くない。
あんなに真面目に生きているのに、ラダックだって、ラダックのお母さんだって、ロサ婆さんだって。
全部、ぼくが悪い。
なのに、ぼくの話は一言だって、誰も聞いてくれない。
なんで、なんで神々は、最も真面目に生きている人に、優しくしないのだろう。
大事な人を失う悲しみを、どうして与えるのだろう。
小さな胸では抱えきれぬ大きな感情の波に、若君は飲み込まれ、泣くこともできずに、その息苦しさに気を失った。
その翌日から、いつも若君の部屋を掃除する担当のあのメイドは、別の棟の担当に変わってしまった。
そういえば、メイド次長のセレンもあの日から姿を見ていない。
本当の事を話してはいけないの?
おばあさまは、僕から本当の事を遠ざけて、それで僕がやった悪い事が無しになるの?
そうしたら、ラダックのお父さんは帰ってくるの?
誰が問いに答えてくれるのだろう。