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vermilion 前章  作者: 久蘭
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透過する小さな世界1(ラヴィロア6才)

第一幕投下以降、ずいぶん間があいてしまいました。

たぶん、こちらは第一幕の前の王の時代の話で、エピソード毎に、書き溜まったら投下、という形をとると思います。第二幕もじきに連載はじめますので、そちらもどうかよろしくお願いします。


 人には身分と階級があり、そしてそれが人の人生を左右し、自分の心を傷つけるものであることを最初に知った出来事がある。

 六歳の春のその日まで、彼はまだ、自身と、その身分について意識したことが無かった。


 鉱石惑星を有する領地に、彼の住むルーサザン公爵家の本邸はあった。

 しかし、当主である公爵夫妻は宮中の社交や古家の貴族としての職務に従事するため、王都サラ=オーディンティオス星にあるホージュオン島の邸宅を主たる住まいとして、めったな事では少年に会うことは無かった。

 よって、本邸である居城を守るのは、彼、公爵家の後継者たる若君であるラヴィロアと、公爵の母であり、彼にとっては祖母であるロザリン・ベィデノン候爵夫人の二人であった。

 居住ドームの中は広大だったので、農場と、そして伝統の手工業の工場が城壁の内外に点在し、小さな都市を築いており、若君は広すぎるがゆえに空虚な城の屋内をあまり好まず、市街地や、農場の周りを取り囲む果樹園と、その向こうの針葉樹の森などをウロウロと、同じような年頃の子供らと散策するのが常だった。


 その頃は、天真爛漫が服を着て歩いているような子どもだったので、家庭教師や乳母らの目を盗んでは、城外に出ていって市井の子どもらと日がな一日遊び暮らしていた。 

 公爵家の身内と代々の使用人、それに連なる気心の知れた住民ばかりのドームだったので、誰もその事を危険だと思う者は居なかった。子どもらしい事故はある程度仕方のない事だが、目立たぬように世継ぎを監視する私兵はそこここにいたし、見知らぬ者が星に入っていれば、とても目立ってしまうだろう。そして、その星の住人の誰もが、敬愛すべき公爵家の世継ぎに危害を加えることなど、およそ考える者もいなかった。


 その日も、リンゴ畑の向こうに広がる小さな森に、何人かの子どもで探検に出かけた。

 ベィデノン候爵夫人は循環器系の病を患い、このところは体調を崩して床に伏しがちであり、たまたま若君に対しての監督が緩んだ時期であった。

 アストレーデ教における戒律ゆえに、古い血統を守る最上級の貴族、古家の者には、積極的な延命に関わる治療を受けることができない。しかし、平均寿命五十年といわれる古家の中にあって、病を得ながらもその寿命を越えたことは、候爵夫人の生活に対する節制の賜であろう。

 普段なら、自らとも等しく、世継ぎたる若君に対しても厳格に教育と監督を施す候爵夫人である。その候爵夫人が病によって伏した間、若君付きの世話係、メイド次長を務めるセレンは愛くるしい若君が少々羽目を外すことを許してしまった。

 それでも、警護長と連絡を取り、充分に配慮はしたつもりであった。


 若君たちが出かけた小さな森。

 中心部は鬱蒼としているが、それはドームの中に人工的に作られたものなので、本来、迷うほどの危険はない。たとえ小さな子どもばかりであっても、天上ドームに張られた熱源センサーなどが、地上の生体反応を常時監視センターに送る。

 幼い子供ばかりの探検隊は、大人ではとても通れない茂みの中の小さな道を行く。

 一団のなかの一番小さな少女が、髪の毛を枝に絡ませてしまい、最年長で実質一団のお守り役である八才の保安部長の息子、ラダックがそれを外すのに一苦労している間、若君は藪の向こうに小さな動物の気配を感じ、その中に分け入った。すぐに戻れるはずだったのに、藪の中に入って動物のしっぽを追っかけている間に、左右が分からなくなってしまった。

 その時、ふと見上げると、一人の男の人が立っていた。


「迷子なのかい」

 その男は言った。

 若君の事を知らぬ者などいないはずのその星で、その男は迷子と呼んだ。

「お前は、ダレだ?」

 その問いに、男は若君の小さなおでこを指で弾いた。

「いけないな。人に物を尋ねるときは、きちんと言わなきゃ。

 自分から先に名乗るべきだろう」

「なぜ、ぼくが名乗る必要があるんだ」

「なぜって、私はキミの名を知らない。

 そうだな、私がキミに名を聞くことにしよう。

 私の名はツカサ。

 キミの名前は?」

「ラヴィロア。ラヴィロア・ジャザイル。

 お前、本当にぼくの事知らないの?」

「宇宙は広い。

 太陽系連邦と、アストレーデ教圏を足した程度の限られた宇宙でさえ、私が全ての人の事を覚えきることはできないよ」


 若君は、男を見上げた。

「お前は、ガイブの人間か」

「外部というのは、このドーム都市の外からという意味なら、そうだよ」

「ボクの事を知らない者に会ったのはお前が初めてだ」

「子供が、大人に対して『お前』と呼ぶのはいけない事だよ。

 お母さんは、教えてくれなかったの」

「母君は教えてくれなかった。

 でも、ロサ婆さんは昔言ったことがあったっけ」

「昔って、いつ?」

「十二日前」

 同年齢の子供より、やや小柄な若君を抱き上げて、男はククッと笑いを噛み殺した。

「キミくらいだと、十日過ぎると昔なのか」


 若君は、その男に恐怖心も警戒心も抱かなかった。

 ごく自然に抱きかかえられ、そしていつの間にか、男は歩き出していた。

「ロサ婆さんって、キミのおばあちゃん?」

「ちがうよ。ラダックのお婆ちゃん。

 ぼくは、本当はラダックの家の子供に生まれたかった。

 だって、毎晩、お母さんが食事を作って、お皿によそって、それから、スプーンだって取ってくれるんだ。台所からすぐテーブルだから、いつもアツアツのスープなんだよ。ちょっと熱すぎるけど、寒い時なんか、すごく暖まるんだ。

 それで、こぼしたり、ソースがあごに付いたりしたら、ラダックのお母さんが拭いてくれるんだよ。

 そしてね、ラダックのお父さんは、仕事から帰って、そして寝る前にラダックと弟にくっついて、そしていろんな話をしてくれるんだ。

 それでね、ロサ婆さんだってすごいんだ。

 ボクの母上のアシャのレースを作るんだけど、とっても綺麗なの作るんだ。

 魔法のようにね。

 ススッと糸を抜いてね、それからその糸を、残った糸に絡めてレースにするんだけど、すごく早いの」

 ラヴィロアは、問われもしないのに、息も継がずに語り出した。

「そうなんだ。

 キミは、ラダックのおうちが好きなんだね。

 素敵な人達だね」

 若君は、その話を聞いてもらえる事が嬉しかった。

 両親は、『しようにん』であるラダックの家族の事なんか、全然興味を持たなかったし、お婆様に言おうものなら、屋敷から出たことを叱られてしまうから。

 そして、遊び仲間の子供たちにとっては、それは何も珍しい事ではないらしい。

「あ、そうだ」

 若君は唐突に思い出した。

「みんなは、みんなはドコ?」

 男は、若君に微笑んだ。

「誰も居ないよ。

 ここには、キミと私、二人だけだよ。

 私は長いあいだここにいるんだ。

 とても、とても長い間。

 だからキミと話すのはとても楽しいよ」

「帰らなきゃ」

 若君には、男の言葉はもう耳にはいらない。

 友達のところに帰らなきゃ。

 その気持ちだけで幼児の頭の中は一杯だった。

「楽しかったお礼に、キミには真実を教えてあげよう。

 この世界の真実と、そして全ての理を」

 風が吹き抜けて、若君は目を閉じた。

「いつか……」

 頭の中に、直接声が響いた。



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