雨夜陽は怒る
な、な、な、何言ってんだこいつは!!
氷菓もあまりの事態に口をあんぐりと開け、放心状態の様子。
しかし、陽は平然とした様子で笑い、ぐいっと俺を引き寄せる。
「おわっ」
陽は俺の肩に腕を回し、反対の肩に触れる。
背中には胸の柔らかい感触……こいつほんと距離が近過ぎる……!!!
「えへへー、どう? お似合いじゃないかな?」
「おま、何言ってんだよ!」
「な、な、な……何からかってるのよ! こんな奴とあなたみたいな子が付き合う訳ないでしょ!」
その通りだ氷菓、もっと言ってやれ。
陰キャの心を弄ぶのは法律で禁じられてるって知らないんですかねこの人は。
「えー何で? 伊織はいい奴だよ?」
「根暗で隠キャでボッチで……とにかく人付き合い出来るような人間じゃないわよ!?」
「そんなことないよ、あなたが知らないだけじゃない?」
「はあ? どんだけ私の方が付き合い長いと思ってるのよ! あんたが思ってるような人間じゃないわよ伊織は! 変態だしいつも一人だし、シスコンだし……あ、あと目も何だか怪しいし、本当最低の人間なんだから! 私だってこいつと家が隣同士だとか幼馴染だなんて本当無理!!」
「いや、それは言いすぎだろ……」
「今更わかり切ったことでしょうが! とにかく、こんな奴付き合う価値なんてないんだからあ!」
氷菓は肩をいからせ、息も絶え絶えに叫ぶ。
さすがの俺も結構グサッと来ちゃいましたよ今のは……。
酷ない? まあ前から言われてたことだったけどよう……一気に捲し立てられると普段は耐えられるシールドが一点突破で一気に破壊されるな。
と、不意に陽の俺の肩を掴む手が強くなる。
「……酷い言いようじゃない? それは」
「よ、陽……?」
「は、はん。伊織あんた騙されてるのよ。ほんっと騙されやすいんだから。いい? 女の子の見た目に騙されたらこうなるのよ。あんたは所詮ボッチな人間で、こんな子が寄り付いてくる訳ないじゃない。ほんと滑稽!」
「おいおい、お前も何か勘違い――」
「東雲氷菓……」
陽がポツリと呟く。
「え? な、なによ急に名前呼んで」
「私のことは適当な女だと思ってくれればいいけど…………伊織のこと悪く言うのは許さない」
さっきまで飄々としていた陽の顔が、真剣な顔つきに変わる。
それに面食らったのか、氷菓がわずかにオドオドとしだす。
「――な、何よ。あなただって別にこんな奴好きじゃないでしょ!? 私が話しかけてやらないと女の子とまともに話せない隠キャよ?」
「伊織のことは私の方がよく知ってるし。ほんとに優しくて、いざという時には頼りになる奴だもん」
「な、何言ってるのよ! 昨日今日知り合ったあなたなんかに分かるわけないでしょ! その点、私はこいつとはおさな――」
「私、伊織と幼馴染みだし。小さい頃から知ってるもん。あなたにそんなこと言われたくない」
「は……はあ?」
氷菓は愕然とした様子で俺の方を見る。
こんな氷菓は何だか初めてだな……。
氷菓の目が、俺に説明を求めていた。
「まあ……俺がこっちに引っ越してくる前にずっと仲よかった奴だよ、陽は」
「な、何言ってんのよ……幼馴染みは私でしょ!」
「いやまあお前も幼馴染だけど……どっちかと言うと陽の方が付き合い長いからなあ……まあ最近まで完全に忘れてたけど」
陽とは本当に小学校低学年の頃からの付き合いだ。
親同士が仲良しってのもあるし、放課後何故か良く公園でばったり会っていたというのもある。
一方で幼馴染とは言え、氷菓とは転校してからの付き合いだし……まあ確かにあの仲良かったころの付き合い方は本当に親密ではあったが……その後の俺への接し方は言いたいことの一つもある。
氷菓は納得いかない様子で更に続ける。
「誰が小学校からずっと見てきてやってると思ってるのよ! 転校してきたあんたに付き合って色々一緒にしてきてやってたでしょ!」
「はあ? ずっと俺のこと馬鹿にしてただろ……まぁ否定出来ないような内容なのが余計にあれだが……」
「そ、それは皮肉というか……」
「…………」
何だこの空気は……。
氷菓が言ってることは確かにいつも通りなんだが……陽が何故か俺を庇ったばっかりに氷菓の語気もヒートアップして、なんだか修羅場のような良く分からない空気になってしまった。
ここ俺んちなんですけど……何か地獄みたいになってないですかね?
だがやはりこいつらが喧嘩しているのを止めない訳にはいかない(止めないとこいつら絶対帰らねえ……)。だけどどうしたら――
『パンパン!!』
っと不意に手を叩いたのは陽だった。
俺と氷菓は、思わず陽の方を振り返る。
「まあまあ、私もムキになって悪かったし……ね? この話は終わろうよ」
「あ、あんたが始めたんでしょうが!! 付き合ってるとかなんとか……」
「あぁ、あれはごめんなさい。嘘なんだよね、えへへ」
「は、はあ……? いや、それは知ってたけど…………あぁもう!! 変に突っかかった私がばかみたいじゃない!」
みたいってかバカそのものだったぞ。というのは言わないでおこう。
「まあ悪いな、氷菓。何かこいつどっかアホっぽいというか……」
「アホとか言うなし!」
陽は笑いながら俺の両頬を引っ張る。
「いはいな!! やめろ、はなせ! あとくっつきすぎ!!」
「あはは、いいじゃんいいじゃん、久しぶりに会ったんだから」
「ああもう! お前は男じゃないんだから!」
「関係ないよ、男も女も!」
こいつは……まあどこまでも純真というか……。彼女だとか言い出した時は何事かと思ったが。
と、氷菓は呆れた様子で溜息をつくと、階段の方へと歩いていく。
「――帰るのか?」
「もう帰るわよ、何か馬鹿らしくなっちゃった。別にあんたらが付き合ってても私に関係ないし」
「だから違うって――」
「あぁもう、だからどっちでもいいって。何、私があんた達の仲を気にしなきゃいけない訳? そんなに私に気にして欲しいのかしら、伊織は」
「そんなこと言ってねえだろうが!」
「はいはい。じゃあね、二人とも」
そう言い残し、氷菓は階段を降りていく。
すると、陽は氷菓の背中に向かって語り掛ける。
「またね、氷菓ちゃん」
「ちゃん付けされる仲になったとは思ってないんだけど、雨夜さん」
「いいじゃんいいじゃん、伊織の知り合いは私の知り合いだよ」
「何その理論……本当理解できない」
「氷菓ちゃん……私、伊織がいい奴だっていうのは絶対譲らないから」
「…………」
氷菓はその言葉に、一瞬足を止める。
――が、すぐにまた歩き始める。
「……はいはい、勝手にそう思っていれば。私はこいつに興味ないし。好きに乳繰り合ってちょうだい」
「そう言う関係じゃねえっていってんだろ!」
「私の部屋まで変な声が聞こえてこない様にだけは気を付けてよね」
「変な声……?」
陽は純真なのか、とぼけているのか、困惑した様子で天井を見つめる。
「お前は気にしなくていいよ……」
「?」
こうして氷菓は自分の家へと帰って行った。
何だか帰っていく氷菓の背中が物悲しげだったのは気のせいだろうか。
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