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雨夜陽は一緒する

「おお、ここいいじゃん」


 陽は図書室裏にある、人のあまり寄り付かないベンチに腰掛けて、興味深げにキョロキョロと辺りを見回す。


「俺のボッチスポットその3、図書室裏だ」

「酷い名前だねえ。あそこが図書室?」


 陽は正面の窓を指さす。


「そうそう」


 一階の窓から、沢山の本や机が見える。陽は顔をペタッと窓にくっつけながら「お~」っと声を上げる。

 相変わらず無邪気だな……。


「正門と正反対(せいはんたい)の場所だから人通りが極端に少ないんだよ。そこの渡り廊下からこっち側は文化部の部室も多いし、昼は人が少ないな」

「へえ~」

「陽……飯が気になりすぎて返事が適当になってるじゃねえか」

「えへへ……ばれた? 食べようよ、お腹空いちゃった」


 そう言って、陽はベンチに腰を下ろすと、ウキウキした様子で弁当箱を開封する。

 俺も陽に倣い、袋からおにぎり達を取り出す。


 不思議と、陽との会話で俺が臆することはない。ご存じの通り、俺は女の子――とくに可愛い子とは話すときは何故だか目を逸らしてしまう。一ノ瀬梓でもそうだ。返事も何を言っていいか分からず、適当に相槌を打って微妙な空気が流れる。あれがいたたまれないんだ……。


 だが、陽は仮にも小さい頃からの幼馴染だし、大分長い期間が空いてしまったとはいえいざ話してみると意外とあの頃の感覚を思い出すものだ。


 傍から見れば超絶美少女で、もしもこいつが俺の幼馴染でも何でもなかったら、まったく話すことも目を合わすことも、そして恐らく半径十m以内に入ることもままならなかっただろう。役得……と言えばそうだが、むしろ役損な気もする。もしこれが無関係の初めてあった美少女だとして、こんな人気のないところでお昼ご飯を一緒に……なんてシチュエーション、もう完全にデートだろう。だが、相手は幼馴染の陽……しかも男だと思っていた奴だ。そういう雰囲気になる訳もない(まあ目のやり場に困ったりいろいろ当たったりという得はあるが)。


 つまり、良くも悪くも俺たちは"幼馴染"で"友達"という訳だ。


 これが幼馴染の本来あるべき姿なのだとしみじみとしてしまう。もう一人の幼馴染じゃあこうはいかないからな。


 ――とにもかくにも、まあ普通に話せるというのは案外悪くないものだと久しぶりに思い出した。


 相手が妹だけだった今まで、そして口を開けば罵倒ばかりのあの氷の女だったのに比べれば、平穏からは少し遠ざかってしまったがこうして一緒に居て話せる相手と言うのは居てもそれほど悪くないかもしれない。


「伊織は何食べるの?」

「俺か? 俺は朝コンビニで買ってきたおにぎり」


 梅と鮭。おにぎり界のレジェンドにしてオーソドックスなお二方だ。


「え~身体に悪いよ?」

「えぇ? おにぎりなんて別に害はねえだろ」

「そうだけどさあ……足りなくない? お腹すくでしょ?」

「そんな足りないって程じゃねえけどな。おにぎりだけってのは味気ない気もするが……」


 すると、陽は自分の弁当箱の中に箸を伸ばすと、何かを掴みぐいと俺の方へと向ける。


「……?」

「? じゃないでしょ。はい、ご飯と合うよ」


 目の前に差し出されたのは綺麗な黄色をした卵焼きだった。


「は……はあ? 何、くれるのか?」

「あはは、それしかないでしょ。おいしいよ~私が朝早起きして作ったんだから」

「なん……だと……?」


 陽の……手作り……!?


 それは……食べたい……。


「い、いいのか?」

「もちろん! これから幼馴染として仲良くしてくんだから、そのお礼みたいな物だよ」

「大げさすぎるが……」

「というか、別にそんな大それたもんじゃないって! 友達同士、おかずの交換くらいするでしょ普通」

「交換に差し出すものがないんだが」

「だ・か・ら、お礼だって! ほら食べて!」


 そう言って、陽はぐいぐいと卵焼きを押し付けてくる。

 俺の口角にぷにぷにと柔らかい感触が当たる。


 ついでに、余りの距離の近さに、陽の胸が俺の肘に……ああもう意識するな!!


「わ、わかった! いいから箸をかしてくれよ。食べれねえだろ?」

「ええ? このまま食べさせてあげるよ。あーん」

「はあ!? だ、誰かに見られたらどうするんだよ!」

「誰も居ないって言ったの伊織じゃん~。何、恥ずかしがってるの? かわいい~」

「は、恥ずかしがってねえよ!」


 ああもう、やってやる……やってやるさ!!

 食ってやるよ! 俺が忌み嫌う、恋人同士の「あーん」の儀式……陽は意識してないみたいだし、さっさと無心で終わらせる!


「あ、あーん」

「…………なんでそんな目が虚空を見つめてるの?」

「気にするな。俺の口へ卵焼きを挿入してくれ」

「挿入って……あはは! 相変わらず面白いね、伊織は。はい、あーん」

「あー……」


 と、次の瞬間。ひょいっと目の前の卵焼きが消える。


「あー……あ?」

「なんちゃって~!」

「はあ!?」

「あはは、冗談冗談! さすがに恥ずかしいよ。これは自分で食べます」


 おいおい……とんだ間抜け晒したぞ俺……。やっぱ陽キャたちわり~……。


「……もう、そんな顔しないでよ~やっぱり食べたかった?」

「ちげえよ! 質悪いってんだよ、まったく」

「あはは、怒らないでよもう~」

「くっそ、俺の純情をもてあそ――んぐっ!?」


 俺が悪態をついた瞬間、ぴょいっと卵焼きが俺の口の中へと差し込まれる。


「!?」

「ふっふ~、やっぱあげる」


 んなっ……!


 キラキラした目で俺を見つめる陽に、俺は思わず噛むのを忘れるほど見とれてしまう。

 というより、あまりの出来事にびっくりしすぎて心が追い付かないです……。


 口の中へと入れられた卵焼きが、舌の上で喜び跳ねる。


 俺はゆっくりと、陽を見つめたまま噛み始める。砂糖が入っているのか少し甘めで、優しい味だ。


「……美味いな」

「でしょ~? 凄いでしょ自分で作ったんだよ」

「まじか……すげえよ! こんな器用なこと出来るんだな」

「え、えへへ、伊織からストレートに褒められると照れるな……」

「お、お前が照れたら俺も照れるだろうが! まったく……」


 俺はおにぎりに齧りつく。

 卵焼きの感触と米が合わさり、絶妙なうまみを演出する。


 あぁ、最高だな。

 お弁当を分け合える友達……悪くない。意外と悪くないぞ。


 だが、こんなところ誰かに見られたら完全に誤解されるな。良かった図書館裏を選んで。もしあのまま教室で食べて居たら今頃阿鼻叫喚だった。


「はい、もう一個」

「…………」

「もう、一回食べたんだから抵抗しなくてもいいでしょ」

「まあ……確かに。――ん、うまい。でもこんなところ誰かに見られたらやば――――」


 刹那、俺の背中に悪寒が走る。

 インフルエンザの時の悪寒とは比べ物にならないほどの、最大級の悪寒だ。


 これはまさか……。


 俺は恐る恐る渡り廊下の方へと目をやる。

 まだ慌てるな……決まった訳じゃない。下級生や知らん同級生ならまだ何とでも――。


「あれ……あそこ居るの氷菓ちゃんじゃない?」

「ですよねええええ!!!」

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