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ある日突然『魔女』になりまして  作者: 灰羽アリス
第一章 魔女☆爆誕
5/33

5 『魔女の隠れ家』を作ろう①


「やだ~! 離せ~! パパなんか大嫌い~!」


 翌日早朝、たまちゃんは突然やってきた我が兄によって引き取られていった。大泣きで暴れながらもピンキーちゃんをポケットにしのばせて持って帰ろうとしていたあたり、やはりただものじゃない。


「すまんな、ひな。毎度迷惑をかける」


 今日もスーツでぱりっと決めた兄ちゃんは、珍しく弱ったように言った。


「別にいいよ。なんなら何日か預かっても」


「いや、今回は早めに仲直りしないとやばそうだから」


「ケンカの原因は?」


「たまきのプリンを勝手に食べた」


「あちゃー、食の恨みは根深いからね」


「やっぱりか」


 兄ちゃんはワックスで黒光りする頭を押さえて、大きくため息をついた。


「ま、今回に限っては、あの怒りもそう長く続かないと思うよ」


「なんでだ?」


「新しい楽しみをいつけたから」


 秘密めかして笑う私を訝しがりながら、時間のない兄ちゃんはほとんど追及もできず大きな疑問を抱えて帰って行った。

 

「さて、私たちも行きますか、例の山小屋に!」


 ▪▪

 ▪▪▪


「ハア、ハア……ねぇ、小さな山って誰が言った?」


 汗だくだくで文句を言う私を無視して、ジジは軽い足取りで険しい山道を登る。山道っていうか、道なき道、しいて言うなら獣道?

 どんだけ人入ってないんだよ、この山! 荒れすぎだし!

 青々とした森の草木が初夏のぬるい風を受けてさわさわと揺れている。こんな荒れた気分で眺めても、風情のかけらも感じないが。


「ママだいじょうぶ~?」


「だいじょばないかもしれない」


 ブゥゥンとわずかな翅の音を立てながら、ピンキーちゃんは私の顔の周りを飛ぶ。たまちゃんがアレンジしてくれたおかげで一段と豪華になったワンピースは、派手な容姿のピンキーちゃんによく似合ってる。お姫様みたい。


「ていうか、飛べばいいんじゃね?」


「それな。ていうか、気づいてたんならもっと早く教えてよ」


 私はジジを抱き上げ、ピンキーちゃんをジャンバーのポケットに入れ魔法を発動した。


「飛べ!」


「……ほうきの意味ある?」


「うるさいな。気分だけでも味わいたいの」


 さっきスーパーで大量に仕入れた食べ物、飲み物、薬草調合の材料・皿やらでパンパンのリュックには、ちゃんとほうきも刺してきていたのだ。すっかり忘れてたけど。

 まだただの人間気分が抜け切れていないらしい。早く快適魔女ライフに身も心も慣れないと。



「なるほど。ここまで人っ子ひとり出会わなかったし、たしかにここならいい隠れ家になりそうだねぇ。ジジお手柄」


「おうよ」


「とはいえ……」


 この山小屋が打ち捨てられて、いったい何年になるんだろう。少なくとも、30年くらい経ってる気がする。板は朽ち落ちてるし、むき出しの鉄骨も錆びだらけ。窓ガラスは割れ、瓦は吹き飛び、雨風だけでなく植物の侵入まで許してる。崩れたドアから室内に入ると、靴がガラス片を踏んだ。その音と衝撃で、大量の虫が壁を這う。


「こりゃひどい」


 しかし、こんなこともあろうかと、使えそうな魔法を『魔女のすゝめ』で調べておきました! さすが私、計画的☆


 五、各種魔法の使い方 

 (ウ)上級 53ページ!

 『建物修復の魔法』


 そのページには、楽譜と歌詞が載っている。中学2年生まで習ってたピアノの知識を総動員して、楽譜を暗譜。リズムはお経めいてて、歌詞は意味不明。このメロディーで植物に歌いかけ、木々の根で建物を修復してもらうというのがこの魔法。


「森山日奈子、歌います! ラーラララールラー♪」


「うげえ、音痴すぎんだろ」


「そうかな? きれいなメロディーだよ」


「お前耳イカレてんじゃねぇの」


 ジジとピンキーちゃんが何やら話してるけど、私は会話に加わることはできない。いま挑戦しているのは、5分間歌い続けなければならないけっこうハードな魔法だからだ。途中でやめたらすべてがパア。最悪、爆発が起きるという。やばすぎる。なぜこんな高度な魔法に挑戦しようと思ったんだ、私。魔女ライフ三日目にして上級魔法に手を出すとは、ちょっと安直すぎたんじゃないか。げ、喉枯れてきた……


 そして、五分後。


「小屋……?」


「どこからどう見ても小屋でしょ! うんうん、良い出来映えだね!」


「ママー、入口はどこ~?」


「……」


 山小屋は完全に苔むした木の根で覆われてしまった。たしかに雨風はしのげそうだけど、窓もなければ入口もない。窓……入口……


「掘るしかねぇ!」


 こんなときの『魔女のすゝめ』~!!


 しかし、いくら探しても木の壁に窓と入口を掘る魔法はみつからない。

 なんでだよ! つい力みすぎて建物を木の根で完全に覆ってしまったおっちょこちょいな魔女がぜったいいるだろう!? 用意しとけよ突破口!

 使えそうなのは、


 ①『通り抜けの魔法』(中級)

 ……うーん、いちいち呪文唱えて通り抜けんのは面倒だな。自分だけが入れる空間、秘密基地っぽくて心惹かれるけど、太陽の光をまったく通さない部屋ってのもなぁ……


 ②『爆破魔法』(初級)

 ……規模半径3メートルから。規模デカすぎ! 小屋ごと吹っ飛ぶわ!


 ③『穴掘り魔法』(初級)

 ……対象は『土』なんだよなぁ。


 ④『除草魔法』(初級)

 ……木を枯らしたところで。


 ───しかたない。ここはおとなしくホームセンター行っときますか。


 いったん山から下りて(ふもとまでほうきでひとっ飛びなので超楽ちん)、自転車にまたがる。ジジとピンキーちゃんはかごの中。漕ぎだすと、向かい風をぱくぱく食べたり「わー」って叫んだり楽しそう。扇風機に向かって「我々は宇宙人~~~」とかやってた古き良き時代を思い出す。


「なんで家?」


 自宅アパートに到着したところで、ジジが残念そうに言った。


「自転車は置いてくのよ。さ、かごから出て」


 ホームセンターでの買い物は大量になる。一回の運搬で済ませられるように、車を借りることにした。

お隣の503号室をピンポン。大家のおばさんは、気前よく車のキーを手渡してくれた。旦那に先立たれ、息子が出て行ってからはめったに乗らないというトヨタの灰色セダン。遠出する際に、これまでも2回ほど借りたことがあった。


「おばさん、お礼にこれあげる」


「まぁ! 『清致庵』のトマト大福! もうこれが出る季節なのね~」


「6月いっぱいはまだ出すらしいから、また買ってくるよ」


「ありがとうね」


「こちらこそ、車ありがと。夜には返すから」



 少し塗装が剥げたトヨタのセダンが与える安心感は、実家の父親を思いだす。その温もりあるシートに身を滑り込ませ、シートベルトを装着。


「さて、出発しますか」


「おお!」

「わーい!」


 後部座席からジジとピンキーちゃんの楽し気な声が上がった。ミラーでふたりの姿を確認。人間みたいに座ってシートベルト装着したジジと、その胸に抱かれたピンキーちゃん。君ら、お留守番って言わなかったっけ?


「ホームセンターは1キロ超えるぜ?」


「あー、はいはい。じゃ、せめて車の中でお留守番ね」


 しかし『命令』を使わずしてこのふたりが言うことを聞くわけもなく。

 肩掛けバッグから顔をのぞかせる黒猫の人形と、妖精の人形。それらと会話する私。

 私は今日もイタイ女に向けられる視線にグサグサ刺されながら買い物を急ぐ羽目になった。


 電動のこぎり、ゴーグル、木工やすり、紙やすり、木板数枚、白ペンキ、ハケ、窓ガラス2枠(店員さんに一時間かけて作ってもらった)、軍手、蝶番ほかネジ多数、道具入れになりそうな一段クリアケース3つ、ビニールシート、ちりとり、ぞうきん。

 しめて、よんまんごせんえん。

ひえええ!! だ、だいじょうぶだ、落ち着け。今月の終わりには夏のボーナス50万支給されるもんね! それまでもやしで食いつなげばなんとか……

 趣味のゲーム優先させて金欠にあえいでた独身時代の兄ちゃんを、いまの私はまったく笑えない。ここが課金地獄の入口か。おお、見える、見えるぞ。地獄が大きく口を開いて我を待っておる……

 それでも『リアル・魔女』になるためなら私、惜しまず散財できてしまうのだから怖いっ!


 さて、大荷物を積み込んだセダンを例の山のふもとまで走らせ、そこから山小屋までは「飛行」で荷物を運ぶ。ほうきが役に立ったよ。棒にビニールの持ち手を引っかけて、『飛行魔法』をかけてから一緒に飛ぶ。まるで『魔女の宅○便』だね! 気分はキキ嬢。スマホの音楽アプリで松任谷由実の『ルージュの伝言』を流しながらるんるんでふもとと山小屋を行き来する。ジジに冷たい視線を向けられても気にしない。「ジャージだせぇ」とか言われても、き、気にしないもんね! 仕方ないじゃん。魔女コスは熱いし、動きにくいし、山での作業はジャージがいちばん理に適ってるんだよ。



 ずらっと道具が並んだ小屋の前。小屋、なんか増々緑に侵食されてません? 気のせい……? いや、ぜったい気のせいじゃない。苔むした根っこに木の葉が生え始めてるもん。自然の生命力、ハンパなぁ……


「いや、たった数時間で成長する木とかありえねぇって」


 冷静なジジのツッコミが耳に痛いです。

 だよね。知ってた。これ、もしかしなくとも『魔法』が影響してるよね。『建物修復の魔法』、やっぱ失敗したんかな。木の根の成長が止まらない。そのとき、ぴんとひらめいた。


 『除草魔法』……植物を枯らす。

 これ、使えるのでは?


 小屋を覆った木の根だけ指定して枯らせば成長も止まり、これ以上緑にのみ込まれずに済む。

『除草魔法』の呪文は「アブラカタビラ」みたいなわけわからんもの。ヒンディー語に似たミミズ字にカタカナがふってあるのでひたすら読む。1分程度の長さであった。


 木の根はパリパリと音を立て、徐々にやせ細っていった。それでも小屋元来の壁はまったく見えないから、どれだけ分厚く絡みついてんだってはなし。ただのノコギリじゃなくて「電動」を買っといてよかった。女ひとりの作業は骨が折れそうだ。

 実際、めちゃめちゃ大変だった。


 ブイィィィィン!!


 静かな山に鳴り響く不穏な機械音。きゃっきゃと楽しそうに遊ぶジジとピンキーちゃんを横目に、私は電動のこぎりを小屋の入口付近に突き立てる。くりぬいた部分にはあとで蝶番をねじ止めしてドアとして取り付けなおさないといけないので、きれいな長方形に切り取る必要がある。魔法の力があるのに、物理作業。一発で家が建つ魔法とかあればいいのに。少しの面倒を補う、魔法はあくまで副次的な力に過ぎないってことか。

 あと2か所。明り取り用の窓をくりぬいてガラスをはめないといけない。残りの作業を思うと疲れがどっと押し寄せるけど、心は折れない。修復した小屋で待ち受ける夢の魔女ライフを思えば、少しの苦労などたいしたことじゃない。


 『除草魔法』をかけたおかげで枯れた木の根は乾いていて、すんなりとノコギリの刃を受け入れた。ゴーグルについた木くずを軍手の手で払って、着実に作業を進める。


「水、飲めば。倒れんぞ」


 ストラップを口にくわえて持って来た水筒を、ジジがぶっきらぼうによこした。

 さすが相棒。気が利くじゃないか。


 ▪▪

 ▪▪▪


「がー、終わたーっ!!」


 私は湿った土の上に盛大に倒れ込んだ。

 作業すること……何時間だかわかんねぇ。やっとのことで外観が完成した。


 あとは中の掃除と家具類の修復が残ってるけど、その前にちょっと休憩。

 腕時計を確認すれば、時刻は16時15分。げ、もうそんな時間!?


「ひなこ~、俺腹減った~」

「ぴんも~」


 シートの上でぐだっとするジジとピンキーちゃん。

 無理もない。なんせ私たち、昼ごはん抜かしてる。

 私は急いでふたりを抱き上げて(ぴんちゃんはそーっと指先で)帰路についた。荷物類は小屋の中に入れてビニールシートをかけておいた。続きは明日だな。


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