13 スーパーマンの親友だってたまには活躍する
キモイとか、変態顔だとか、犯罪者とか、おまわりさんこっちですとか、飛んでくるどんなヤジも、いまの俺には称賛に聞こえる。となりには超絶美人な彼女。ヤジは結局のところ、嫉妬と羨望のシャワーなのである。
人生でこんなにも優越感に満たされた時間はあっただろうか。断言できるが、一秒だってない。他人から羨ましがられる要素など、俺には皆無だ。
思い出す。テンパのせいでアフロヘアがテンプレだった小・中学校時代。いじられまくって嫌気がさし、高校入学後は坊主頭がテンプレになった。そうなると今度は細い目のせいか「小林って人殺しそうな顔してるよね」と冗談ともつかぬ顔で言われるようになり、"この顔を見かけたら100当番"の人相書きに似てると通報されたことも一度や二度じゃない。まさに人生の氷河期。しかし! こんな俺にもようやく春が来た! 美人な彼女を侍らせる俺を羨まないやつはひとりもいない! がははは! もっとヤジを飛ばせ! もっと悔しがれええええ! それで俺は気持ちよくなれる。
と調子に乗って赤星の柔らかそうな手を握ろうとしたのがまずかったか。
前を歩いていた赤星は何かに気づいたようにキッと俺を振り向いた。俺の視線は円を描いて浮かぶスカートの下に吸い込まれ──は? なにその下着えっろ!! 黒レースとか何事ですかすばらしけしからん! お師匠さんの貸してもらってんのかね。顔は見えなかったけど声からして二十代半ばの魔女さん。ぐへへ、あのやぼったい黒マントの下にこんな凶器を隠し持ってるとか最高っす! と妄想の中にトリップしてここまで一秒。柔らかい手が俺の頬を打ち、
「ぐげっ」
俺の背中は廊下の壁に激突した。赤星は真面目腐った顔でなおも俺に迫ってくる。
手つなごうとしただけでそんな怒る!?!? いやうん怒るかも。男の武器を最大限活用してヌルゲーに生きてきた赤星は女扱いされることを極端に嫌う。汚物でも見るような目で殴り飛ばされたことも一度や二度じゃ……
「ひぃぃ! ご、ごめんなさい! ほんの出来心だったんです。そんなに怒るとは思わなくて!」
「は? 何言ってんの、いいから頭下げてろ!」
「むぐっ」
結論から言えば、赤星は俺を殴ろうとしてのしかかってきたんじゃなかった。何らかの攻撃を避けようとしたんだ。俺を守ってくれた。そうすぐに気づいたはいいものの、危機感はすぐには沸いてこない。なぜならその衝撃をしのぐ視覚的暴力がいま俺を襲っているからだ。
着崩した薄手のシャツからのぞく豊かな双丘。微妙に汗ばんでいるのがまたエロい。
おぱ、おぱおぱおぱおぽあああああああああ! どうか目覚めてくれるな息子よ、今度こそ赤星に汚物認定されてしまう!
「お久しぶりね、赤星颯太くん。いえ、いまは赤星颯良ちゃんだったかしら」
「バカ、じっとしてろ」
「で、でも……あっ」
「おい、まさかお前……」
「やめてそんな目で見ないでえええええ」
なんかキレイめな女の子の声が聞こえてきたけど、それどころじゃない俺たちは女の子の挨拶を完全に無視していた。それが女の子をキレさせたらしい。ビキキと不穏な音がして、何かが飛んでくる。今度も赤星の反応は早かった。いつの間にか例の剣を出し、宙を切る。バサッと何かが地面に落ちた。それはいびつな形をしたカラスらしき生き物だった。内臓をまき散らし、小刻みに痙攣している。胃から酸っぱいものがこみ上げてくる。
「うぷっ」
いかん。吐く。口を押えてなんとか我慢。
奇形のカラスを一瞥した赤星が、視線をすべらせるように女の方を向く。あ、あの子だ。鈴蘭女子の……イノシシで俺たちを殺そうとし、赤星を女子に変え、『惚れ薬』を大量にうちの学校にばらまいた魔女。相当悪いやつだ。とはわかっているけど、赤星の女バージョンといい勝負の超美人なので数秒見惚れるくらいは許していただきたい。エキゾチック美人とミステリアス美人。赤VS黒。二人がにらみ合う様はずいぶん絵になる。胸躍り血沸くドキワクシチュエーションだ。美少女戦士が戦うアニメの中に迷い込んだ気分。やべ、写真撮りてえ。
「相変わらずキモイ獣を連れてるな」
赤星が挑発するが、彼女は取り合わない。余裕たっぷりの微笑みを浮かべて指を鳴らす。それを合図に彼女の背後から6人の男子生徒が現れた。どいつもぼんやり視点が合っておらず、ゾンビみたいな歩き方で迫ってくる。キモッ。
「この子たちはみーんな赤星くん、あなたにホの字なんですの」
「『惚れ薬』を飲ませたのか」
「お薬を作るには対象の頭髪が必要なのですけれど、前回お会いしたときにたっぷり採取させていただきましたわ。おかげでほら、お薬はまだこんなに」
彼女は十本ほどの注射器を扇のように広げて見せた。
赤星がひややかに対応する。
「あんたさ、何がしたいわけ?」
「言ったじゃない。わたくしはただ楽しみたいの。この子たちにあなたを襲わせて、純潔を散らしてさしあげようと思って。きっと楽しい見世物になりますわ」
「もしかしてだけど、この前俺が"処女"って言ったこと根に持ってる?」
「もちろん。あなたに侮辱されたこと、忘れてなくってよ。さあ、あなたのよく切れる刃も、さすがにこの子たちは切れませんわよね?」
この子たち、とはつまり目がいっちゃってるうちの男子生徒たちのことだ。……物理的には切れる。だけど、悪手だ。そんなことをしたらブタ箱行きだ。学校の仲間を人質に取られている以上、ここはひとまず降参するしかない。お師匠様の助けを待とうぜ?
俺の必死のアイコンタクトは、しかし残念なことにバーサーカー状態の赤星には伝わらない。
赤星は剣を構えたまま、挑戦的な笑みを女に向けていた。
──え、うそやん、き、切らないよね、赤星くん……?
とそのとき。
赤星は地面を一度蹴って6人の男子生徒へ飛び出した!
「バカヤロォォォォオオオ!!」
いや、うん。俺は止めようとしたんだぜ。間に合わなかったけど。ていうか一歩も動けなかった。体感1秒。その間にすべては終わっていた。呆然と視線を下へずらすと、6人の男子生徒が地面に突っ伏している。ひぃぃ!
「こ、殺しちゃった……!? や、やだ俺この場合共犯になんのかな?」
「落ち着け、小林。切ってないから」
「へ?」
そいえば切られたわりに、やつらは血一滴流してない。「安心しろ、みねうちだ」ってか?
「切れない仕様に変えられるんだ」
「なるほど便利」
「ここは狭くて剣が振りにくい。外へ出るよ」
「おう!」
「逃がすもんですか」
走る俺たちを女の楽しそうな声が追いかけてくる。足音が増えた。注射器の十人分、赤星にホの字の男子を追加したらしい。てかホの字ってなんだよ、表現古っ。
俺たちのいる旧校舎に人影はない。全力で突っ走っても、注意してくる教師もいない。
新校舎の方で授業開始十分前のチャイムが鳴った。
ああ、と俺は理解する。
いまこの瞬間、俺たちは"悪い魔女"さんとの最終決戦の局面にいるんだ! なんで俺、当事者みたいな立ち位置にいるんだろ。
「もっと早く走れって!」
「んなこと言われても~!!」
ヒーヒーフー。
なめんなよ、俺なんて50メートル走のタイム8.56秒。女子の平均並みだぞ! 俺は赤星と違って運動神経サイアクなんだよ……!
しかもやばい。なんか吐きそうになってきた。さっきのカラスで呑み込んだ酸っぱいやつが喉の辺りで揺れている。い、いかん。意識したら増々気分が悪く……
「ゲロロロロロロロ――――」
「うわっ」
吐いた。ものすごく大量に。恥ずかしい。ただひとつ良かったことがあるとするなら、走りながら後ろ向きで吐いたので服が汚れなかったこと。尊厳と一緒にプライドが砕け散った。もうどうでもいいやー。
「大丈夫かよ」
「うん、なんかスッキリした」
ドタバタ、と背後ですごい音がしたのは赤星にとびっきりの笑顔を返したときだった。俺たちを追いかけていたうちの数名の男子が俺のゲロで滑って転んだらしい。そして───
「きゃーーーーーっ! なにこれ、くさいですわ! き、きもちわゲロロロロロロロ」
残念な二次災害が。ご愁傷さまとしか言いようがない。キレイな顔と髪が俺のゲロでだいなしだ。なんでだろう、すごい興奮する。ちょっとやばい性癖に目覚めたか……?
「ナイスだ、小林!」
「お、おう!」
満面の笑みでゲロを褒められた。なんかフクザツ。
一階の渡り廊下に着いた。赤星は中庭に出て大立ち回り、俺は新校舎に駆けこんでお師匠様の助けを待つ。このまま逃げ切れると思ってた。しかし、相手は悪い魔女。しかも俺のゲロで怒り心頭。そう簡単にはいかない。
「〝影縛り〟………オクスリは私からのプレゼントよ」
俺も赤星も似たような魔法を見たことがある。お師匠様の影魔法の方が何倍も迫力があったし格好良かったけど、この女の影の力も侮れないものだった。俺は簡単に捕まり、赤星は咄嗟に宙へ飛び上がるも、そこへたどり着いた男子生徒たちが飛びかかり、赤星を地面に沈めた。美少女の上に何人もの男がまたがるなんてうらやまけしからんぞ……!
「くっ」
足がまったく動かせない。上靴の底が、完全に地面に張り付いてしまっている。
怒りに任せて魔法をぶち込んでくるかと思ったが、当の魔女の姿はどこにもなかった。さてはまたゲロかけられるのを危惧して逃げたな……?
赤星にまたがる男の一人が、赤星に何かを注射した。あれも『惚れ薬』か?
やめろ、と飛び出した足が上靴からすっぽり抜けた。影は靴だけを拘束していたらしい。呪縛から逃れたはいいが思いっきり体重をかけたせいで勢いが止まらない。視線の先には驚愕に染まる"サラちゃん"のまん丸な可愛いお目々。その上に向け、俺の体はダイブしていく。




